【趣の庭】音楽日記・欅の木漏れ日
2008.7.14
チューバとともに

−低音が作るオーケストラの魅力−




石塚 潤一   

 フル編成のオーケストラのコンサートへ行くと、金管楽器の列の一番右端に一際大きな楽器を抱えるように吹いている奏者が(大抵の場合一人)見えると思う。これがチューバで、金管楽器の最も低い音域を受け持っている。金管楽器の音の高さは管の長さによって決まり、管が長ければ長いほど低い音が出る。それぞれが個性的な形に巻かれた金管楽器であるが、これを真っ直ぐに伸ばしてみると、チューバの管はトロンボーンの2倍、トランペットの4倍の長さ、という具合に、実は長さに単純な比例関係があることが判る(学校吹奏楽などで目にする、B♭管という極めて一般的な楽器を比べた場合)。管の長さが2倍になる毎に、音域は1オクターブ低くなるので、チューバはトロンボーンの1オクターブ下、トランペットの2オクターブ下の音が出せるということになるだろう。

 通常のチューバの最低音は、ピアノの左(低音側)から8番目の鍵盤に当たるミの音で、これは4弦のコントラバスの最低音と同じ。さらに装備を付け加えるなら、音域を下へと拡張していくことも出来る。とはいってもピアノのような楽器とは違い、チューバの音域は奏者の技術にも大きく依存してしまうのだけれど。

 太く、極めて豊かな音色を持つ楽器である。が、オーケストラでは全体の響きを底から支える役割を与えられることが多く、ソロでメロディを演奏する機会はそう多くはない。また、通常オーケストラで使用される楽器としては最も新しい部類で、モーツァルトやベートーヴェン、シューベルトの交響曲では全く使用されておらず、より後の時代の作曲家であるブラームスの交響曲を例にとっても、4つある交響曲のうちチューバを使用しているのは第2番のみ。チューバを編成に入ることにより、音響の基礎が増強され、オーケストラの響きの幅は確実に広がった。そうした音の厚みの変化という観点から、ブラームスの第2番と他の3つの交響曲を比べてみるのも良いかも知れない。



 よって、チューバとは多分に裏方的な性格を持つ楽器だといえるだろう。オーケストラをバックに演奏する協奏曲なども僅かながら存在するのだが(イギリスの作曲家:ヴォーン・ウィリアムズの協奏曲が最も著名。「インディ・ジョーンズ」などの映画音楽で知られるジョン・ウィリアムズにもチューバ協奏曲があり、これは今夏NHK交響楽団が地方公演にて演奏するはずだ)、残念ながら一般的なレパートリーとはなっていない。太く豊かな音色はこの楽器の美点であるが、演奏のレベルによっては、一転鈍重で野暮ったい感じを放つ原因ともなる。それゆえ、初心者が演奏すると最もサマにならない楽器であるとも言えるだろう。チューバを演奏することは決して格好悪いことではなく、実際相当に格好良い奏者も数多く存在するのだが、格好良く演奏するにはそれなりの技術が要ることはだけは間違いない。

 こうした楽器の性質ゆえに、たとえば中学校の吹奏楽部などで、新入生が楽器を選択する際に、チューバが一番人気となることは、まず・・ない。まあ、これは私の経験談であるのだが、こういう場合は誰もがフルートやクラリネット、あるいはサックス、トランペットといった、テレビやマンガで見たことのある楽器やスポットライトの当たりやすい楽器に惹かれるのが普通。ゆえに、必然「体が大きいから」「女子ばかりの吹奏楽における数少ない男子だったから」といった理由でチューバを始める方が多くなるのである。

■チューバとともに

 かく言う筆者は、中学校時代の1年間、チューバを吹いていたことがある。もともとはトロンボーンを担当していたのだが、チューバを担当していた先輩が卒業し、チューバを吹く人間が一人もいなくなったために、1年間の約束で(というのも、当時の私はトロンボーンを購入ばかりだったから、買ったばかりの楽器から長く離れるのは可哀想だという配慮が働いたのだろう)チューバへ異動するよう顧問より言い渡されたのである。

 1年間吹いたものの、当時の筆者にはこの楽器の面白さは皆目わからなかった。普通の中学生が演奏するような曲では、チューバ吹きには人目を引くような上手さをアピール出来る局面がほとんど廻ってこないのだ。しかしながら、30歳近くになり、ひょんなことから再びチューバを吹くことになったときには、この楽器に対する印象は随分と変わっていた。相応の歳をとりつつ音楽知識を蓄える中で、この楽器が「音楽」の中で極めて重要な役割を担わされていることにようやく気付いたのである。旋律など吹かずとも、チューバはオーケストラや吹奏楽を支配するほどの存在感を持てる。この私の気付きの中には、クラシック音楽を楽しむに当たって、多くの方のヒントになるであろうことが含まれていると思うので、より詳しく解説してみよう。

■クラシック音楽と音色と

 今になって反省してみるに、中学生時代の筆者がチューバの演奏を楽しめなかったのは、まず、楽器の音色というものに対する認識が、極めて希薄ものだったからなのだと思う。

 金管楽器は、奏者が唇を振動させ、それによる空気の振動を楽器内にて共鳴させる楽器である。ゆえに、ピアノやオルガンと違い、金管楽器では発音体は楽器の中にあるわけではなく、奏者の肉体(つまるところは、唇とその周りの筋肉)こそが音の根源ということが出来る。ゆえに、これをどう制御できるかで、音域も音色も同じ楽器とは思えないほどに変わってしまうものなのだ。

 未熟な奏者の演奏では、主に唇廻りの筋肉に余分な力が入ってしまう等の理由から、唇が不正振動を起こしてしまい、その音色は痩せて平板な、極めて聴きづらいものとなる。脆弱な基礎の上に立派な建物が立たないように、痩せたチューバの音色ではオーケストラの音を支えることは出来ない。合奏を低音から支えるということこそがチューバの役割であると、まあ大抵は教えられる。これは確かに事実で、チューバを吹く喜びとは、まず自分の響きの上に多種多少な楽器の音を背負う喜びなのだが、背負う体力のないものにはその喜びを真に知ることは出来ない。

 音というものは、フーリエ解析という数理的施術により、複数のサイン波という音の重ね合わせとして記述できる。これを説明するためには大学教養程度の数学的知識が前提となるので、極めて大雑把に書くと、一つの音がどれだけ多くのサイン波に分解できるかということが、(殊にクラシックの世界では)音色の良し悪しが決まると言って良い。チューバの音が多くのサイン波に分解できる(高次倍音をたっぷり含むといった言い方で表現される)からこそ、音域の離れたたとえばフルートやクラリネットといった楽器音とも容易に溶け合い、つまりはこれらを支えることが可能となるのだ。

 ゆえに、事の本質は音量ではなく音質にある。確かに音の大きさは大切だろう。だが、それが音質を伴っていなければ他の楽器との調和は得られず、ただうるさいだけの演奏へと堕ちてしまう。さらに言うなら、豊かな音質を持つ楽器奏者が、えてして音量においても優れているものなのだ。音質を伴っていれば、どんなに小さな音でも他の楽器を支えることが出来る。ピアニシモの極小音がホールを満たすように鳴るならば、他の楽器の演奏は、豊富な水量の中で泳ぐ魚のように自在なものとなるはずだ。チューバの仕事の一つは、まず何より、そうした場を作り出すことなのである。ピラミッドの底面の面積が決まれば自ずと高さが決まるように、チューバが作り出す場の広さはオーケストラの表現の可能性を決めてしまう。ゆえにチューバは旋律を吹かずとも、その存在感を示すことが出来るのである。

 低音は高音を支えることが出来るが、その逆は不可能である。クラシック音楽とは、まず何よりもその音色の美しさを身上とした音楽である。そして、その美しさは低音が作る高次倍音と高音が溶け合う中で生まれてくる。そのことを知りつつ、チューバが作り出す音色に耳を澄ましながらオーケストラを聴くならば、チューバを吹く喜びと同等の喜びを、音楽を聴くなかで享受できるようになるだろう。

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 昨年の太宰治賞を受賞した瀬川深氏の小説「チューバはうたう―mit Tuba」が筑摩書房より単行本化された。瀬川氏は小児科医である傍ら小説を書き、アマチュアチューバ吹きでもある(あった)ようだ。この小説の前半には主人公の女性が中学校の先輩とともにチューバを吹くシーンがあり、これが「場を作る楽器」としてのチューバを吹く喜びを良く表現した名シーンとなっているので、一読をお勧めしたい。

 
 
   
石塚潤一 (いしづか・じゅんいち)
 1969年、東京都出身。
 東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。
 2002年度「柴田南雄音楽評論賞」奨励賞を受賞。
 御嶽神社の宮司を務める。
 著者ブログはこらちから

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