【趣の庭】 音楽日記・欅の木漏れ日
2008.1.7
 
石塚 潤一
 
 私はいわゆる「大家」が嫌いだ。一時期の輝かしい業績を認めるとしても、そうした過去の成功に味をしめ、似たような趣向の作品を繰り返し発表していくような作家が嫌いだ。
 もちろん、大家といわれているような作家でも、常に新境地を開こうと不断の努力を続けている作家もいる。そうした「真の大家」と呼ばれるに相応しい作家には、私も賞賛を惜しまない。例えば、映画監督の溝口健二。溝口は「残菊物語」(1939)にてワンシーン・ワンショットの長廻し撮影を確立し、以後それは溝口のトレードマークともなった。が、しかし彼は単に同じことを繰り返していたわけではない。思えば、溝口ほどに、常に新しいものを自らのスタイルの中へと取り入れようとアンテナを張り巡らせていた作家は稀有なのではないか。
 

 溝口の遺作となった「赤線地帯」(1955)の音楽を担当したのは、当時20代半ばだった黛敏郎だが、黛はこの映画の音楽でクラヴィオリンという電子楽器を使用している。この楽器の奇妙な音(今日、テレビ番組などで良く聴かれるテルミンの音に似ている)を、溝口は「女の哀歓を良く表している」と愛でた。

 

 手塚治虫が大家となっても原稿の「持ち込み」を続けたという話にも異様な迫力がある。手塚ほどの漫画家であれば、編集者が手土産を持って原稿の依頼に来るのが普通で、自ら出版社へ原稿を持ち込み、自作をセールスする必要があるはずもない。持ち込みというのは、本来はデビュー前後の新人作家のやることなのだ。しかしながら、両手をあげて自分を迎えてくれる人との仕事は、時に同じようなパターンの繰り返しを強いられる危険を孕む。ゆえに、あえて最前線に立ち、時に編集者から遠慮のない批判を受けることを許容することが、その創造性を瑞々しく保つためのヒントを提供し得るのである。人気商売の漫画界で、神様とまで呼ばれた手塚の強迫はそれほどまでに凄まじかった。

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 2007年の12月5日、そうした「真の大家」の系列に連なる作曲家が、ドイツのケルン郊外の村:キュルテンで没したとの報を受けた。カールハインツ・シュトックハウゼンである。

 
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 1928年、奇しくも上で紹介した手塚治虫と同じ年に生まれたシュトックハウゼンの音楽人生は、戦争の爪あとから立ち上がることから始まった。大戦中、精神を病んでいたシュトックハウゼンの母親はナチスに殺されてしまい、父親もまた戦地より戻ることはなかった。ケルンの大学で音楽と哲学を学んだ後、パリへ出たシュトックハウゼンはメシアンへと師事。同門のブーレーズらと総音列技法という作曲スタイルを牽引し、戦後現代音楽界のスターとなる。

 

 総音列技法とは、オーストリアの作曲家:アルノルト・シェーンベルクがはじめた12音技法の試みをより徹底的に推し進めた作曲技法である。シェーンベルクはオクターブにある12の音を1度ずつ使用して音列を作り、それを移調したり逆から辿ったり・・といった様々な操作を行って、相互に組み合わせ作曲を行ったが、総音列技法では音の長さ、強弱、音色、といった要素も、さらに厳格な管理のもとにおかれる。こうなると、作曲家が個性を発揮する余地がなくなるのでは、と心配される向きもあるかもしれないが、むしろこうした厳格なルールが存在することにより、ルールの運用の仕方に作曲家の個性を反映させることが出来るのである。

 

 1950年代、この技法を用いてのシュトックハウゼンは、まさに時代の寵児という他ない活躍を行った。「コントラ・プンクテ」「グルッペン」「カレ」。優れた作品は数多い。例えば、「ピアノ曲第10番」は沈黙と音の配分を見事に設計した楽曲構造の中に、拳を鍵盤の上で滑らすグリッサンド、あるいは前腕で鍵盤を叩くような派手な効果などが配された20世紀ピアノ音楽の傑作のひとつ。ピアニストが上半身の全てを使って演奏するかのような狂騒的な音楽が、20分余りの演奏時間の中でその圧倒的なテンションはそのままに段階的に沈黙へと収斂していく。現代音楽について全く不案内な方であっても、この作品には何かを感じられるに違いない。

 

 そして、この時期にシュトックハウゼンは電子音楽へと取り組みはじめる。以後、電子音楽は生涯にわたってシュトックハウゼンの創作の柱石となるが、このことにより、彼はビートルズやマイルス・ディヴィス、クラフトワークやドイツのプログレシヴロックから果てはヒップホップまで、様々な音楽へと影響を与える地平へと立つことになるのである。

(この項続く)

 
石塚潤一 (いしづか・じゅんいち)
1969年、東京都出身。
東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。
2002年度「柴田南雄音楽評論賞」奨励賞を受賞。御嶽神社の宮司を務める。
 


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