【趣の庭】 音楽日記・欅の木漏れ日
2007.05.14
Vol.1 青く輝くサファイアのような海に 寄せては返すチェロの波 海軍服のコルサコフ
石塚 潤一
 ニコライ・リムスキー=コルサコフ (1844-1908) の作曲家としてのキャリアは、「 旅 」 とともに始まった。
 作曲家である前にまず帝政ロシアの海軍士官であった彼は、海軍兵学校を卒業した18の年から実に2年8ヶ月間、世界を巡る航海の途上にあった。バルト海、ニューヨーク、リオデジャネイロ。出世作となった「 交響曲第1番 」は、こうして世界各地を旅する合間に作曲された。帰国後、この交響曲が初めて公へと披露された際、拍手の中で紹介される海軍服の作曲者に、聴衆は大層驚いたという。
 このような経歴ゆえ、リムスキー=コルサコフが海の描写に長けていたのも頷ける。その良い例となっているのが、代表作である交響組曲「 シェヘラザード 」 であろう。この題名は、かの有名な「千夜一夜物語 (アラビアン・ナイト)」の語り部の名にちなむ。
 
癒しの 「 シェへラザードの主題 」
 ペルシャの王 :シャーリアールは、極度の女性不信から毎晩処女を一人宮殿へ召しては翌朝殺してしまうという暴挙に明け暮れていた。3000人もの女が殺された後、王のもとへと召された大臣の娘: シェヘラザードは、閨で物語をし、その展開に王の興味を惹きつけることで、一日一日と命を長らえていく。
 こうした 「 千夜一夜物語 」の体裁は、「 シェヘラザード 」 という楽曲の構成にも反映されている。曲冒頭より、金管楽器による威圧的な 「 王の主題 」 が奏され、ハープを伴ったヴァイオリンのソロで演奏される癒しの 「 シェヘラザードの主題 」が続く。この2つの主題は全曲至る所に顔を出し、4つの楽章で描写されるそれぞれの物語が、あくまでシェヘラザードと王とのやり取りのうちにあることを象徴している。
 また、全曲を通じての、色彩豊かな楽器の用法にも目を見張らされる。リムスキー=コルサコフにとって、オーケストラの色彩とは装飾ではなく音楽の本質そのものなのだ。
 
固有の色彩をもつ音楽の 「 調 」
彼は、音楽の 「 調 」が、それぞれ固有の色彩を持つと信じていた。ハ長調には白、ニ長調には黄色、という具合に。これをもって、彼が共感覚の持ち主だったと主張する人もある。

 共感覚とは、ある器官の感覚に他の感覚が不随意的に割り込んでしまう状態を言い、電話帳のナンバーに常に決まった色がついて見えたり、味覚が何らかの形の想起を伴ったり、といった具体例で知られる。共感覚をもつ人は2万5千人に1人の割合で存在し、物理学者のリチャード・ファインマンや、作家のウラジーミル・ナボコフもこの感覚を持っていたという。

 限られた資料から、彼が本当に共感覚をもっていたのかを調べるのは難しい、が、自らの作品にどのような色をこめようとしていたのかを知ることは出来る。第一楽章: 「 海とシンドバッドの舟」。王とシェへラザードとのやり取りに続いて、ホ長調より主部が始まる。寄せては返すチェロの波に伴奏された、静かな海へと漕ぎ出すかのようなこの部分。ホ長調は、リムスキー=コルサコフが輝くサファイアのような青、と表現した調であった。
写真
石塚潤一 (いしづか・じゅんいち)
1969年、東京都出身。
東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。
2002年度「柴田南雄音楽評論賞」奨励賞を受賞。御嶽神社の宮司を務める。
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.