【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
 
2009.5.18 
 


Pleasure of Antiquarian Books
明治石版画
亀戸天神 藤の花パレード




坂崎 重盛    
写真


亀戸天神の藤棚。数年前に移植したりして、ちょっと衰えたが、それでも東京屈指の藤の花房に出合えます。

■残念!今年は藤の花房に出合えず
 あっと思うまに過ぎてしまいました。
 こんなこと、ここ数年のあいだで、初めてのことです。
 藤の花の咲くのを見逃した。
 先月でしたか、汐留の、「お浜御殿」浜離宮へ八重桜を夜見に行ったときに、池の近くの藤棚から、ほんの少し、房ともいえない藤の花の蕾が下がり始めるのをみとめたのだが、今年はアクシデントが重なり、亀戸天神の夜の藤も、浅草の銭湯の立派な藤棚も見に行かぬうちにゴールデンウィークが過ぎてしまった。
 東京から北へ、あるいは山に登れば、これからでも藤の花房に出会えるかもしれないが、絵に描いた貧乏暇なし、四六時中駆けずり回っている偽隠居ゆえ、そんな余裕などあるわけがない。


「東京名所」に美人は定番。しかし、この画をじっと見てから次の画を見てください。


こちらは藤棚の下の池の上の床の内部が描かれています。座布団の上の亀は“放生”です。あとで放して徳をつむわけです。

■大きく垂れ下がる房の豊満な官能性
 それにしても・・・私、藤の花が大好きなんです。あの、豊満にして妖艶なる文字どおり藤色の、大きく垂れ下がる花房。そして、花の色にふさわしい官能的なヴァイオレットな香り。とくに、夜になると、その芳香は一段と増しますね。幾重にも垂れ下がる花房の下に立っていると、頭がクラクラしてきて夢見心地になります。
 もし、私が、インドのマハラジャか、アラブのサルタンだったら、宮殿の奥ふかく、広い池をつくり、その周辺を水晶かガラスの藤棚をしつらえ、もう、いやーっていうほどの藤の花を咲かす。
 園池の中央には大理石の小宮(ヴィラ)を建て、そこへはゴンドラで渡る。ヴィラでまっているのは薄衣を身につけリュートか三味線を抱いた歌姫。
 池をわたる初夏の風が、レースのカーテンをゆらし、藤の花の香りが、淡く灯のともされた室内にまで忍び込んでくる・・・。
 ―なんて、何考えてんだ、この私は。1DKの本置場が唯一の別邸のくせに。
 今年の藤の花を見逃してしまったために、錯乱したか、半ポンコツの頭脳が。


ねむたいようなモノクロの明治石版画。砂目のようなトーンなので「砂目版画」と呼ばれています。私はこの“暗さ”が大好きです。

■ヴァーチャルな藤の花を楽しむ
 というわけで、藤のカタキは藤でとる。部屋の片隅に積んである泡沫コレクションの中から、藤が描かれている明治石版画を引きずり出して、手に取り、頬ずりするように眺めることにした。
 時には、数点、畳の上に並べて、膝まづいて拝礼するように右、左と見くらべる。これが版画だからいいものの、置かれているのがハイヒールだったりしたら、靴フェチですよ。


前の作品とよく似た絵柄ですね。こういうワンパターンというか、マンネリも、なかなか味わいぶかいものです。

 いや、最近は近眼の上に老眼が進み、細い部分は眼鏡をはずして、顔をくっつけるようにして絵を見るので、もう、ほとんど「我はゴッホになるダ」の「棟方志功制作専心の図」ですね。
 あるいは芝生の上に、はいつくばって芝目を見るゴルフの石川遼くん?


明治20年代中期までの砂目石版が30年代後半ともなると、カラーになります。 人々の服装が興味ぶかい。

 とにかく、現実の藤を見逃したので、せめて埋め合わせでヴァーチャルな藤の世界を堪能してみようと思った。

■亀戸天神詣のもう一つの楽しみ「船橋屋」のくず餅
 このサイト(というんですか、パソコン関係の専門用語がまだ未修得。ちなみに、この原稿は神楽坂「山田」の原稿用紙に手書きという絶望的伝統手法)をご覧になってくださる方が、はたして藤の花、あるいは藤の花の咲く東京名所に関心があるかどうかは、私のあずかり知らぬところです。


明治40年代の石版名所絵。太鼓橋は今でもあります。子供のころ、この橋を渡るのがスリルがあって楽しくて。

 いいじゃん。明治石版画がロハで見られるのだから。
 あ、それと、もう一つ。ここに披露する藤の花の景色。ご覧になっておわかりのように、すべて、私の大好きな亀戸天神の藤です。
 亀戸天神天満宮といえば、この藤と太鼓橋、それと春は梅ですね。もちろん、「菅公」・菅原道真、天満宮、ときたら梅ですから。も、一つ、「うそかえ」の行事も可愛らしくて結構なものです。
 といっても、梅も、うそかえも、藤も、今年は終わりました。
 いやいや、夏もあります。亀戸天神の入口左、名物「船橋屋のくず餅」。左党には心太(トコロテン)もあって、こちらはなんといっても、これからの、夏の風物詩でしょう。


「吾妻土産名所図画」とタイトルがあります。江戸の錦絵や名所絵は、各地から来た人のお土産として人気がありました。
 
坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転身。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「東京本遊覧記」、「東京読書」(晶文社)、「東京煮込み横丁評判記」(光文社)、「東京文芸散歩」(角川文庫)など。
 
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.