【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2009.4.20  
 
甲斐庄楠音の画集に
ゾクゾクッ




坂崎 重盛    
写真


「桂川の場へ」(大正4年−1915年)の部分と自らその衣装、ポーズを真似て写真におさまる甲斐庄楠音。(『甲斐庄楠音画集』求龍堂より― 以下掲載図版はすべて同画集より転載)

■求龍堂から楠音の豪華画集発行

 知り合いのプロデューサーから、しばらく前、「甲斐庄楠音の画集が進行しているんだけど、定価五千円を超えるというけど、どう思う?」と聞かれた。
(甲斐庄楠音かぁ、好きな人は好きだからなぁ)と思い、
「決定版、ということになれば、五千円超えても大丈夫じゃない。買う人は買いますよ。一万円でも。」
と答えた。
 甲斐庄楠音、それこそ、知っている人は皆知っている異端の画家。知らない人は、この名前も読めないからすぐ判る。カイノショウ・タダオトと読む。

 カイノショウ・タダオト――タダごとではない名前だ。大正画壇で一時、脚光を浴びた日本画家。
 多く女性を描いたが、いわゆる「日本画の美人像」ではない。当時の日本画壇のリーダーの一人、土田麦僊から「穢(きたな)い絵」として、出品を拒否されたという“栄光”を持つ。
 「穢い」女性像を描いただけではない。本人自ら女装をし、嬌(しな)をつくって、それを写真に収めている。
 当然、同性愛者。
 やることにスジが通っています。


大正4年−1915年頃の作品「畜生塚」(未完)の前に立ち、画中の女人と同じポーズをとるタダオト。この作品はなぜ完成しなかったのだろう。あるいは、この“未完”のままが一つの完成だったのだろうか。

■「穢いもの」すら愛する
 大正芸術の底力


 大正時代は、かなり面白い時代だったようだ。
 谷崎潤一郎の作品は“悪魔主義”といわれ(この谷崎も女装経験の疑惑がある)、吉井勇、永井荷風といった享楽派の作家が実験作を続々と発表する。
 海外からはオスカー・ワイルド、ボードレール、ユイスマンという作家群、また美術ではロートレック、ロップス、ルノアールといった都市の風俗をテーマに生々しい作品や肉体賛美を表現するアーティスト達の情報が流れ込んできていた。
 そういえば、あの「築地明石町」で澄明なエロティシズムを表現した鏑木清方の作品の中に、清方には珍しく、豊満でグロテスクな味わいもある人魚(「妖魚」)を描いたのもこの時期ではなかったか。
 人間の真の姿を見る。きれいごとではない存在を見つめ、受け止めて、表現する。キレイな絵ではなく、「穢い絵」。

 その甲斐庄楠音の画集が送られてきた。
『甲斐庄楠音画集』―ロマンチック・エロティスト―とサブタイトルがつけられている。発行・求龍堂。
 なるほど定価は5200円。豪華本である。ドシリと重い。カバー表は「島原の女(京の女)」のアップ。
 ヨイショっと両手で取って(持ち重りがするから)ひっくり返して裏を見ると、うひゃーっ、眉を描き、唇に紅(写真はモノクロだから黒く見えるけど)差したタダオトさんが、こちらを見つめ微笑んでいるではありませんか!


『甲斐庄楠音画集』のカバー表裏(求龍堂刊)。表にはタイトルと「ロマンチック・エロティスト」のサブタイトル。裏表紙は眉を入れ女装し流し目を送るタダオト。魅せられます(?)。

 期待できますねぇ。このカバーデザインのポリシーを見ただけでも。
 じつは私、先のプロデューサーから楠音の話を聞いたとき、美術展の図録をブチ込んであるダンボールからタダオト関連を二冊掘り出していた。
 一冊は1997年、京都国立近代美術館と笹岡市立竹喬美術館で開かれた『甲斐庄楠音展―大正日本画の異才・いきづく情念』と、もう一冊は、その2年後、1999年千葉市立美術館で開かれた『甲斐庄楠音と大正期の画家たち』である。
 今回の画集と二冊の図録、よし、これで完璧だろう。三冊並べて、じっくりと楠音の世界にひたってみよう。エグイぞ、これは。


左:1997年の『甲斐庄楠音展』カタログ(日本経済新聞紙刊)。「島原の女(京の女)」(大正9年−1920年)。この展覧会でタダオトの世界はブレイクした。この展覧会に行けなかったのに、なぜ図録が私の手元に?

右:1999年の『甲斐庄楠音と大正期の画家たち』カタログ(日本経済新聞紙刊)。タダオトの画友、岡本神草や丸岡比呂史、梶原緋佐子らの、大正期の「穢い絵」の特集。すばらしい企画、すばらしい図録
。表紙は「横櫛」A(大正5年頃−1916)。

■エロティシズムのどアップの迫力

 今回の画集と二冊の図録の異なる点は、まず、図録は作品を“記録”として残すという原則がある。
 つまり、編集上の“強調”や“遊び”は抑制されがちになる。しかし“画集”となれば、編集者の技術や思いをページに反映することが可能だ。
 まわりくどい言い方でした。今回の画集は、作品の“部分”が、ドーンとアップされる。裸婦の乳房や、それを押える手の指の表情あるいは夏の薄衣をまとう女人の、どっしりと量感に満ちた臀部。また、出世作にして話題作、二つの「横櫛」の眼前で微笑まれているような顔のアップ。


B6版見開きにドーンと紹介される「裸婦」(大正14年頃−1925年頃)の部分。薬指と中指の間からのぞくダークな乳暈(にゅううん)と乳首がリアリズムです。いいんでしょうか。いいんです。これぞ大正期芸術の真骨頂。


柔らかそうでありながらズンとくる量感の女性臀部。「青衣の女」(大正8年−1919)の下半身を見開きでアップ。タダオトの女性観には、病的、退廃の女人像と、大母性としての女性の両極がある。


タダオトを世に出した「横櫛」(大正5年頃と7年の二作)の顔のアップ。「穢い絵」といわれたタダオトだが、こうしてアップで見ると、そこにはおだやかな表情の大正美人がいた。

 まるで作品と至近距離で対面しているようなリアル感。

■タダオトの密室を見る
  残されたスクラップブック

 もう一つ、この画集の編集上の“たくらみ”は、すでに一部紹介したように、描かれた作品と、描いたタダオト自身の写真が見開きで、これまたドーンとレイアウトされている点である。
 なんだか、ゾクゾクッときます。
 ゾクゾクッといえば、二冊では収録されていなかったタダオトの「Scrapbooks」が、この画集では公開されている。




タダオトのScrapbooksより。貼り込まれた絵葉書や切抜きを一点一点見てゆくと、タダオトの密室をのぞいているような気分になる。しかし、このスクラップブックの1ページ1ページがひとつの作品であり、また、大正〜昭和初期の記録がコラージュされた、生ま生ましい映像でもある。しかし妙なものも貼ってあるなぁ。

 女性像を描くためのインスピレーションの糧としたのか、女優のブロマイドや雑誌から切り抜いたグラビア、和洋の画家の絵はがきも多い。と思うと、若い男像が二人で並んでいるショット、また、レスリングの選手、さらに、あろうことか、エレクトするペニスの男性のデッサンなどもある。
 面白いですねぇ。スクラップブックって。もうまるでタダオトの秘密の部屋におじゃましている感じ。密室ですよ。
 このタダオト、画家として活躍したのは大正年間から昭和初期にかけての、十数年そこそこ。その後は、画家としてではなく、さらに自らのフェティッシュな性向を発揮できるジャンルで一家を成す。
 その生涯も、この画集では、タダオトの女装写真とともに紹介される。すばらしいタダオトの世界、そしてそれを伝えるすばらしい画集。


 
坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転身。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「東京本遊覧記」、「東京読書」(晶文社)、「東京煮込み横丁評判記」(光文社)、「東京文芸散歩」(角川文庫)など。
 
 
 


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