【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2009.3.23  
 
昔を今に向島の花見を
明治版画で見る




坂崎 重盛    
写真

 桜の季節となりました。
 ボンヤリとうすら睡い春の午後、明治の錦絵や石版名所絵の入れてあるケースを引きずり出し、桜の描かれた“刷り物”をながめている。

「東京名所・向島隅田堤之景」
 明治30年代の石版名所絵。満開の桜の下の人々の往来図。錦絵や石版名所絵は“見る”だけではなく“読むため”のジャーナリスティックなメディアだったのです。
 この石版画からも、名所絵としての風景はもちろんのこと、酒器がわりのひょうたんを背に負う人、シルクハットにステッキの紳士、樹の下にムシロを敷く“路上芸人”と、いろいろな世界がうかがえます。
 円の中は、墨堤下の三囲神社。俳句の宗匠のような人物の姿が見えますね。三囲神社は俳人・室井其角と縁のある名所ゆえにこの絵柄が?

 東京の花見は今月末あたりがピークか。
 早いところでは上野の山下、交番の裏の大階段の両脇の桜が三月のあたまにはもう咲いていた。毎年、早いんですよ、ここは。われわれのあいだでは「上野のバカッ花」なんて呼んだりしてます。

「東京名所・上野桜満開の図」
 まさに満開。右手の赤い建物は上野東照宮、左奥は不忍池と弁天様。人々の風俗が興味深いですね。女性の着物姿に洋傘は当時の定番。明治31年の制作。
 絵の下には「Cherry Blossoms at Ueno park」と欧文が入っています。明治という時代のモダンぶりがうかがえます。

 早い、といえば永代橋の深川側の橋詰の公園の桜も開花が早いのが近所の評判。
 深川在住だった草森紳一さん(去年亡くなりました。それこそ早すぎますよ。この稀代の物書きの死は)に案内されて、夜、この桜を見に行ったことがあります。
 草森さん、フ、フ、フ、と例のふくみ笑いをしながら「この桜がすぐに咲いちゃうのよ」と、嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をしていたのが思い出されます。
 その草森さんの告別の会は、堀切の葬儀場、満開の桜の時でした。風がわたると、惜し気もなく舞い散る桜の花の下で、かなりの間、一人で腰をおろしていました。
 桜の花は、めでたいのか物がなしいのかわからない。
いい香りのする芸妓さんに口説かれている夢のような・・・。
 ま、とにかく、桜といえば、私は、まず向島・浅草の隅田川両岸。まさに、ピンクの雲が蜒々とたなびくよう。
 桜橋のたもとには向島芸者衆の茶屋も出るしね。タダで、きれいどころの総出を見られるんですから、こんなにお得感があることはない。オッサン達なんか、その何人かをピックアップして記念写真を撮ったりしてますからね。私はそこまでの度胸はないけど。
 上野のお山もすごいですね。昔は、あそこは徳川様の土地、明治以後は恩賜公園とあって、ドンチャン騒ぎはできなかったんですが、まあ、昨今は無礼講の名所となりました。
 でも、山の途中から、赤い鳥居をくぐりぬけて不忍池に至る花園神社、五条天神あたりは静かでいいんです。知ってました。
 飛鳥山もいいですねえ。花もいいけど、王子は居酒屋の名店が目白押し。起伏の多い、王子散歩をした後のホッピー&煮込みはこたえられません。
 思えば、向島、上野、飛鳥山って、江戸時代から桜の名所だったわけですね。あ、それから小金井。
私たち日本人は、平成の世に、江戸の人々が楽しみ、浮かれた花見を、DNA的に持ちつづけていつようです。
 と、いうことで今回は、花見の東京名所絵を見ていただきましょう。
 さて、どうするか。しぼらなければ際限もない。そうか、今回は「向島」にしよう。向島、墨堤の桜、花見が描かれている作品を紹介する。お楽しみ下さい。

「東京名所・あづまの森」
 これは明治錦絵、つまり木版です。隅田川ぞいの桜もところどころの植えられているというかんじです。
 江戸以来、墨堤の桜は、植えられては洪水でだめになり、また植えかえて、をくりかえしてきました。今日のような豪勢な桜を見られるわれわれは幸せといえるでしょう。

「東京銘勝会・隅田堤さくら」
 こちらも明治錦絵。ヘベレケの人物とそれを介抱する連れ。川には帆かけ舟が浮かび、遠く見えるのは筑波山。
 江戸、明治の、この地から見える山は富士山か筑波山、これはキマリごとです。この絵では「二つの頂上が描かれている」ので筑波山となります。

「向島桜間ヨリノ富士」
 これはモノトーンの明治石版名所絵。明治の石版画は、20年代前半まで、このようなエンピツ画のような作品でした。細い点のようなタッチで描かれているので、「砂目石版」と呼ばれています。このボーッとしたかんじが、私は大好きです。夢の中の光景のようで。
 欧文は「FUJI‐YAMA FROM THE SUMIDA.」

「東京名所」
桜の枝に「向じま」と書かれた短冊がかかっています。タイトルをこんなところに記して画家は遊んでいます。
 もっとも川と堤と桜なら、書かずとも、もう向島にきまっている。左上に「歌舞伎座」が入っていますが、これはいわゆる、オマケ。
 さて、こんな「明治の花見」を頭にインプットして、平成の花見に出かけますか。隅田川には屋形船もくりだしていることでしょう。

「向島之図」
これはまた。仮装行列ですか。明治の世では花見客の中には、お面をかぶったり、異装をしたりの酔客がいたようです。
常夜燈やのぼりの見える「さくらもち」屋さんは今でもあります。長明寺の桜餅「山本屋」です。

坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
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