【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2009.1.26  
 
プロレタリア本が私に囁きかける

蟹工船効果で
柄にもなく私も……

坂崎 重盛    
写真
 面白いですねぇ、世の中って。
 小林多喜二の『蟹工船』が、ちょっとしたブームになって、古本屋さんの店頭に、多喜二本が並んでいた。
 好きなんですよ、こういう、機を見るに敏な反応。保存状態はあまりよくないけど、三冊ほど、値段も安いので入手した。
 いわゆるプロレタア文学が活況を呈したのは、昭和の初期と、戦後民主主義の到来で“赤狩り”がゆるんだリバイバルの時。


(1) [左]は小林多喜二『不在地主』。昭和4年(1929)評論社刊。[右]は同じシリーズ(日本プロレタリア傑作選集)前田河廣一郎『セムガ』。最初に入手したのは、この『セムガ』。ブックデザインのモダンぶりとタイトル、著者名の珍しさでつい購入。ちなみにセムガとは鮭のことらしい。

 私が入手した多喜二本も、この時期に刊行されたもの。一冊は『不在地主』で昭和4年、日本評論社から「日本プロレタリア傑作選集」の内の一刊。(このシリーズ中、前田河廣一郎『セムガ』は今でも古書市などでときどき見かける)。


(2)『蟹工船』のリバイバルヒットで古書店にこの二冊もお目見え。[左]は本郷新による装丁の『1928・3・15/党生活者』。[右]は装丁者不明の『小林多喜二作品集』。敗戦直後の刊行なので紙は仙花紙。昭和初期の造本に比ぶべきもない。

 後の二冊は戦後、復刊、出版されたもので、『黨生活者』は昭和21年(終戦直後ですね)新興出版社刊。もう一冊の『小林多喜二作品集』は昭和23年、大雅堂より。
 ざっと目次だけでも紹介しておこう。『不在地主』(「不在地主」「救援ニュースNo.18附録)。
 『一九二八年三月十五日・黨生活者』(「一九二八年三月十五日」「黨生活者」「解説─壺井繁治」)。
 『小林多喜二作品集』(詩「北海道の冬」「冬から春へ」・小説「駄菓子屋」「龍介の経験」「母妹の途」・文学論「プロレタリア文学の方向について」「壁小説と(短い)短編小説」他・随筆「修身とソウシヴリズム」「読ませたい本と読みたい本」他・小林多喜二自伝・あとがき)。

 目次だけ、といったが、本を手に取れば、どうしたって本文だってチラッとは読みたくなる。とくに『一九二八年三月十五日』は日本のプロレタリア運動にとって極めて重要な日でもある。巻末の壺井繁治による解説の一文 ──

     『一九二八年三月十五日』は、表題の示す通り、一九二八年三月十五日の未明、全国一斉に亘つ共産主義者をはじめとし、多くの革命的な労働者・農民その他勤労者の上に下された弾圧事件を取扱ったもの(中略)

 『小林多喜二作品集』の中の『一九二八年三月十五日』と題する文章も見てみよう。多喜二の処女作に対する熱い思いが述べられている。

     いよいよ出来上ったとき、私はこの作品には濫(みだ)らな題をつけてはならぬと考えた。そして『一九二八年三月十五日』とその題が決まったとき、私はこれは恥かしくない立派な題だと思った。(中略)
 『一九二八年三月十五日』が出来上った夜、私は一人で家にジっとしていることが出来なくなり、何も知らない友だちを誘って、ビフテキとコーヒーをおごってやった。こういう気持はものを書いたことのない人には、或いは分からない気持ちかもしれない。理由を話してないので、友だちは分らない。くすぐったい顔をしていた。しばらくして、私は小説の出来たことを話した。


(3)貴司山治『ゴーストップ』。昭和五年(1930)平凡社より。[左]はその外函。[右]は本表紙。それにしてもイカシたデザインだ。プロレタリア文学とはいえ造本は実にモダン。ロシアアバンギャルドの影響か。文体も読みやすく躍動感がある。大衆誌者を想定してのことだろう。


(4)これも『ゴーストップ』と同じく、昭和五年(1930)平凡社刊。[左]は外函。[右]は本表紙。函と表紙の著作名、タイトルのレタリングが別なところなど、今日の出版物より、ぐんとゼイタク。ということは戦後数十年たった今でも、昭和初期の文化レベルに戻ってないということ。文化的には未だ「敗戦後」なのかも。


(5)[左]1929年(昭和4)世界社刊『プロレタリア芸術教程』。表紙には蔵原惟人、青野季吉といった小林多喜二に縁のある人の名もあれば、おや、今東光の名も。[右]1931年(昭和6)内外社刊『綜合プロレタリア芸術講座』。中野重治による「プロレタリア美術とは何ぞや」や須山 計一、松山文雄による「プロレタリア漫画の研究」など興味ぶかい小論を収録。

 一九三〇年(昭和五)・中央公論から出版された貴司山治の『ゴーストップ』は、東京本コレクターなら、まず持っている一冊だろうが、この本も一九二八年三月十五日と深く関わっている。著者による「はしがき」を見てみよう。

     この小説を書く年の三月には「三・一五事件」がおこり、書き終る翌年の四月には「四・一六事件」がおこった。── 書いている間にも、夏には渡辺政之輔のキールン事件、秋には三田村四郎のピストル事件、冬には新党準備会が解散され、左翼運動が地下に入ると共に××党が公然とわが国の社会の一角に登場した。翌年の二月にはプロレタリア作家同盟が生まれた。

 徳永直『太陽のない街』の続篇として書かれた、昭和五年中央公論社刊の『失業都市東京』も当然のこと、三・一五事件を意識している。
 巻末の「作者付記」には

     太陽のない街(第一部)につづいて第二部(失業都市東京)は、三・一五事件まで書く予定であったのですが、作中の萩村と同じく作者がヒドク頭脳(あたま)をわるくしているので、到々、ここで一旦打切りました。コンがつづかないのです。(中略)
第三部は、三・一五事件以後です。工場、農村の各職場ではたらいていられる読者諸兄姉に右、お約束します。

 というメッセージが語られている。


(6)[左]1929年(昭和4)叢文閣刊・秋田雨雀『若きソウェート・ロシア』こちらも図版満載。ところで秋田雨雀ってプロレタリア関連の作家でしたっけ。まあ、語学に堪能らしかったけど。でも、本が面白ければとりあえずOK。[右]1930年(昭和5)天人社刊・阿部金剛『シュールレアリズム絵画論』。「新芸術論システム」の一冊。このシリーズ装丁もなかなかモダン。昭和初期のデザイン感覚、好きだなあ。



(7)[左]1929年(昭和4)アル人刊・里見岸雄『天皇とプロレタリア』。このタイトル一発で買ってしまった。自序の中に河野桐谷、北原白秋への謝辞がある。内容……はなんとも批評できない。「予は断然叫ぶ。社会主義を日本国体化せよと。毒魚河豚ですらも、これが毒素を除去すれば、膳に賞味すべき佳肴となるではないか」と訴えるのですから。
[右]このタイトルもすごい『怒るな働け』というんだから。ただしこの一冊は昭和初期本ではない。大正4年洛陽社刊。ハードカバー函入れ。著者は奥付では「嘉悦孝」。しかし函では「孝子」に。本文を読むと著者は女性とわかるので奥付の誤植か。この本、大正7年で11版を重ねている。よく売れたのだろう。しかも、昭和元年に復刻。
 「怒るな働け」って言ったって、今は働く場がなくて困っている人が多勢いるのに。

 昭和初期といえば、風俗的にはカフェー、ダンスホール、モガ、モボ、エロ・グロ・ナンセンスの流行。関東大震災後の帝都復興と同時に、東京という都市の夜が、ネオンで華やかに彩られる一方、金融恐慌、特高警察の強化、マルクス主義者への弾圧といった暗黒面を色濃くしていった時代であった。
 実は私、『ゴーストップ』や『失業都市東京』を、その造本・装丁などから昭和初期のモダニズムを味わおうと面白半分に入手したのだが、小林多喜二の作品などを手にすると、そうノーテンキなことばかり言っていられないようだ。
 モダニズムとプロレタリア運動、この両面からの昭和初期の勉強をせねば(でもやっぱり面白がりながら)、と改めて痛感。
 独裁者や独裁的権力が常に嫌悪するのは、大衆の自由な「性」と「政」の表現 ── これは“常識”ですものね。言い方を代えれば「笑い」と「抵抗」はお気にめさないようである。
 抵抗もだけど、「笑いはダメ」と言われるのはツライだろうなあ。偉そうなもの、こわばったものを見ると、つい笑ってしまう私としては。


坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
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