【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2008.12.22  
 
戦後の昭和
26〜27年の
艶笑本にときめいて…

坂崎 重盛    
写真
 前回は湯浅真沙子の赤裸々な性愛讃歌、『歌集 秘帳』三冊のバリエーションを紹介した。
 どの版も、『秘帳』を世に出す意義と喜びが本から香り立ってくるような気配を感じませんでした? 私はしました。
 前回、ふれるのを忘れてましたが、川路柳虹と坂本篤によって彼女の死後『秘帳』が出たあと、彼女の近親者を捜したらしい。しかし、名乗り出はなかったようです。『秘帳』のあまりの赤裸々ぶりに縁者も公けになることをためらったのでしょうか。
 さて、今回、じつは今回も“秘めごと”系なんです。



(1) 『トルー・ラブ』のカバー。帯が付いているのがありがたいです。ペラペラ表紙なのに破れもせずによく残ってくれました。しかも、その中心に鍵穴と眼が。「トルー・ラブ」の扉デザイン。いいじゃないですか。

 というのも、私、「遊歩人」(文源庫発行)という雑誌で「To Route 253・ステッキ先生の煮込み横丁逍遙」という連載をしていたのですが、これが11月号で終わり(12月下旬に『東京・煮込み横町 評判記』と題して光文社から発行。ヨロシク)、1号も間をあけず「粋人粋筆探訪」という連載を始めなくてはならなくなりました。
 もちろん、企画は私の案なので、あーだこーだ言うつもりはないのですが、(1カ月か何カ月はあけようよ)、ともかくネタ本を目の前に積み上げなければ、お話にならない。



(2) 『悦楽の園』のカバー。こちらも帯付き。「ガミアニ夫人」はこの世界では有名。ところでこのカバーの中央のハート型のデザイン(1)の『トルー・ラブ』の本表紙の鍵穴のデザインと同じではないですか! そのデザインが、この本の表紙にも。しかしこの2冊、発行所も発行人もまったく別名。妙ですねえ。右は本文のデザイン。電車の中で読んだりした場合、人からのぞかれるのはちょっとね。

 本置き場で、やっこらさ、と、あれこれ段ボールを移動し、「粋人粋酔」関連の雑本が入っているだろうと思われる函をガサゴソとひっくり返したのでした。
 結果、ともかく、連載4、5回はしのげるネタ本は揃って一安心したのですが、その時、(おやおや、この本、こんな函にしまい込んでいたのか)という本が数冊、目にとまったのです。
 それは、「粋人粋筆」のネタ本同様、戦後、昭和20年代の仙花紙(ザラ紙の粗悪再生紙)に刷られた「艶笑本」なのです。



(3) 有名な艶笑譚『蚤の浮かれ噺』のカバー。中央のイラストがステキです。下左は本表紙。黒地に枠のデザインがいかにもほ「秘めごと」めいてますね。右は本文レイアウト。点描画です。ヘタです。

 しばらく前までは古書展などの雑本系の一角に、いかにも秘めごとめいた緋の色と、濡れたようなグリーンで印刷された(・・版の生々しさがあります)軽装本。有名無名(私が知らないだけか)のフランスとかイギリスの著作を、これまた、名の知らぬ訳者が訳しているというシロモノ。
 もちろん、出版社名も、私の記憶の中にない名前ばかり。戦前の地下出版の雰囲気もある。



(4) 『恋の百面相』のカバー。いいじゃないですかこのイラストレーション。下左の扉絵もなかなかのものです。右は本文レイアウトが。これは素人ではないですね。顔の表情とか上手なもの。

 (なんだかなぁ)という印象の出版物なのだが、だからこそ比較的保存のよい本が目にとまれば、ポツポツと買っておいたんでしょうね。
 とにかく、買って帰ったものの、読んだ記憶、形跡がまったくない。でも、こういうタイプの本、好きなんです。
 粗悪な紙質、べったりと刷られた原色のインク、これプロが描いたの?という稚拙なイラストレーション──全体としてヘナヘナな、しかも“売れたら儲けもの!”という、妙な意気込みの感じられる、どう見ても一流、二流出版社じゃ出さない。いや、出せない臭いのする本──好きなだあ。



(5) 『ロシア皇女の秘密日記』のカバー。緋じりめんのような赤地にイラスト。下左が扉。ずいぶん派手な扉ですね。ぜいたくしてます。右は目次レイアウト。東郷青児そっくりのカットがなんとも言えず・・・。

 全体の雰囲気を画面で、もう一度じっくり見て下さい。いいでしょう。この、チープで下司っぽい肌合い。
 今、作れって言ったって、できないんです。まず、今の日本には、こんなインクがない。
 ま、そんなこんなで、机の上に積まれている、その艶笑本をチェックしてみましょう。
 タイトル、筆者、訳者、発行年月、発行者、発行所、発行所の住所等を点検する。
 そう、なぜ発行の「年」はまだしも「月」まで注意をするのか。また、発行所の住所までこだわるのか……というと、このテの本は、ときとして、一挙にドカドカと本を出し、スッと消えてしまう版元や、実は同じ発人でありながら、出版社、発行人の名前を変えて出版することがある。
 変わり身が速い、というか掟破りというか、とにかく油断がならない。
 そこがまた面白いのです。いいじゃないですか、いかにも“下流出版社”的で。



(6) 『エデンの楽園』のカバー。バルテュスっぽい。(5)の 『ロシア皇女の秘密日記』の扉デザインとそっくりですね。でも2つ比べて下さい。出版社の名前が違うのです。妙だなあ。下左は本表紙。右は本文レイアウト。全ページ文字のバックにイラスト入りです。戦後としては十分こったつもりでしょう。その意気やよし。

 では、その奥付は──。
  • (1)『トルー・ラブ』(J・スミス 原笙二訳)
     昭和26年2月 美和書院(大谷進・芝・新堀町31)
  • (2)『悦楽の園』(アルフレッド・ド・ミュッセ 山本泰三訳)
     昭和26年6月 園書房(稲田三良・池袋6)
  • (3)『蚤の浮かれ噺』(アンドレ・マルション 原一平訳)
     昭和26年2月 東京書院(田中徳治・浜町1・15)
  • (4)『恋の百面相』(J・H・タントリス 高橋健作訳)
     昭和27年1月 三興出版社(高橋義夫・浜町2・40)
  • (5)『ロシア皇女の秘密日記』(カツンバ・パシャ 柳生亘訳)
     昭和27年 東京書院(城戸岩雄・浜町1・15)
  • (6)『エデンの楽園』(H・パートン 長明夫訳)
     昭和27年3月 東海書房(関根朗・浜町1・15)
  • (7)『恋のアバンチュール』(マリー・キキッド 長明夫訳)
     昭和27年4月 東海書房(関根朗・浜町1・15)
  • (8)『ジュリアの青春』(ル・ニスモア 山田美一記)
     昭和26年8月 東京書院(城戸岩雄・浜町1・15)
 『蚤の浮かれ噺』のような、古典的な艶笑本もあるがほとんどの本はタイトルすらお初。
 しかも、うーん、やっぱり奥付を書き移すと、ちょっとしたことが判明する。



(7) 『恋のアバンチュール』のカバー。これも(6)と同じ 出版社。ですから当然のことデザインも同系です。下左は扉。この出版社、原色が好きですね。赤とグリーン。発情の色ってこの3色なんでしょうか。私は好きですけど、このどぎついデザイン感覚。右は本文レイアウト。バラの門はわかりますが、ちょっとクドくないですか。

 一つは、このテの艶笑本が戦後の一時期、昭和26年と27年に集中していること。もう一つ、これは? 三興出版、東海書房、東京書院の三社が、いずれも中央区日本橋「浜町」というのが気にかかる。
 三興出版は「浜町2・40」、東京書院は「浜町1・15」、うん? 東海書房は「浜町1・15」──これも「浜町1・15」ではないか!
 つまり、東京書院と東海書房は、同じ住所の発行元となる。
 発行者の名前は、それぞれ田中徳治と関根朗と異なるが、本の造りは、もう、まるで同じ。しかも、同じ東京書院でありながら26年2月刊の『蚤の浮かれ噺』は田中徳治、その6カ月後の26年8月刊『ジュリアの青春』は城戸岩雄と変わっている。
 同じ年であり、同じ住所でありながら、発行人が変わり(これは、まぁ、ありうる)、出版社名が変わっている(これは、めったにない)。
 これですからねぇ、油断がならないんですよ。いかがわしい感じがしますよね。
 このへんが、実にいいじゃありませんか。
 で、かんじんな、本の内容ですが──



(8) 『ジュリアの青春』のカバー。ままたまた出ました。黄・赤・緑の3原色カラーポリシー。徹底していていいですね。しかし(6)や(7)は「東海書房」、こちらは「東海書院」。といってもねえ。少女でしょう。下左、本扉。右は本文レイアウト。ページによってヌードのお姉さんが出てくるイラストにバリエーションがあります。電車の中では、ちょっと読みにくいですね。

 『トルー・ラブ』、「イートンの成年式」とか、「マダムの手引き」、読み進めてゆくうちに、体がポカポカしてきて。
 隣りのビジネスマン風の中年は連れと「オバマは……」なんて話をしているのに、こちらは艶めかしいお話を、こっそり読んで楽しんでいる。
 ただ、このテの本、サービスのためか、本の中すべて、ヘタエロなカットが入っている。脇をウェイトレスさんが通ると、ちょっと気になるんですよ。のぞかれないかと。
 それにしても、また一つ、冬の夜のお楽しみのジャンルと出会ってしまいました。まいったなぁ。


坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
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