【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2008.11.25  
 
女人短歌
「秘帳」にドキドキ

堂々の性の
謳歌に引かれて

坂崎 重盛    
写真
 いつか、どこかで紹介しようと思っていたのですが、内容が、ちょっと・・・あのー、赤裸々なところがありすぎて、二の足を踏んでいました。
 いや、小学生でもKTAIサイトかなんかでエロ画をチェックしているという昨今、私みたいにウブいこと言っている方が笑い者なのかもしれません。
 しかしまあ、大人にならないうちから、そんなモノ見てたら、異性に対する畏敬や憧憬など育たないのではないか、と思うのですが、これまた余計なことかもしれません。
 と、なかなか本題に入らず女体の門前でウロウロしている童貞君のような文章ですが、エイッ、意を決して“秘帳”を開いてみましょう。かつての桂三枝の「ご対面(ごたいめーん)」にならえば「ご開帳(ゴカイチョー)」。


私が入手した最初の「歌集 秘帳」 昭和31年 有光書房刊
発行人は坂本篤だ。

 この“秘帳”、一冊の歌集です。本のタイトルは、まんま『歌集 秘帳』です。
 もう十年以上も前になるだろうか。神田の古書会館の古書展で、いかにも“秘めごと”めいた本に目が止まり、手にしました。
 古書店や古書市で“目に止まる”本は山ほどありますが、ほとんどは手を伸ばしません。理由は、ただ、めんどくさいから、です。パッとは見るが手にはせず通り過ぎる。“一ベツをくれる”という行為ですね。
 しかし、その「一ベツ」の何回、いや何十回かに一回は、その本を棚から引っぱり出し、内容をチェックする。
 時にはチェックもせずに、即、脇に抱え込んでしまう本もありますが、それは、それまで探していた本があったときか、すでに持っていても安値で超美本にめぐり合った時です。

 この『秘帳』のことは、たしか書痴・斉藤昌三の随筆かなにかで読んでいて、頭の片隅に著者の湯浅真沙子という名とタイトルが残っていたのではないでしょうか。
 とにかく『歌集 秘帳』を手に取る。新書サイズの小型本ですが函入れ。その帯に「“週刊新潮”曰く、恐るべき肉体短歌だ 話題の大胆・率直な女人歌集」と売りコピーが赤文字で印刷されている。
 本体を引き出すと、背に「歌集 秘帳」とあり、表紙はただ「HICHO」の文字が二カ所金箔押しで印刷されているだけ。
 ちょっと地下出版的な香りがする。


有光書房刊「歌集 秘帳」。
巻頭に付された著者直筆と思われる短歌。
文字は確かに“女手”だ。


 扉を開く。そこには著者名の他に、川路柳虹編とある。著名詩人の編ということになる。
 出版社は有光書房。なるほど有光書房か、艶本関連の出版人として、その方面では名のしれた坂本篤の出版である。
 扉の次のページには、著者、湯浅真沙子の自筆と思われる女文字による短歌が四首揚げられている。
 本文は「序」が編者の川路柳虹、巻末の「跋」が「少雨叟」、先の、書痴・斉藤昌三のことである。
 墨と赤の二色刷り。囲みは赤色、和影は墨。一ページに二首ずつ。
 拾い読みしてみよう。

 昼にてもかまはじという君ゆえに頬赤らめて蒲団しくなり

 女同士語る猥談互みにぞこうへる気もち眼にあらはるゝ

 蚊帳のなか二人裸のまゝに寝ね灯りともせば人魚のごとし

 湯の水の細きなかれの股の谷すべるを眺めなにかほゝ笑む

 眼つむりて君なすまゝに戯れの指に事足るむかしなりしか

 眼つむりて君たはむれの手に堪へず思わず握る太しきものよ

 その乙女顔赤らめてきゝしことわれが教へし愛のたわむれ

 遅くなるわ帰るわといふを引きとめて罪なることを教へけるかも

 いくそたびいだき口づけ乳ふれてつひにかしこにふれにけるかな

 教室にありて歴史をきくときにふと情欲の起ることあり


……って、キリがないですね。まあ、こんな調子なんです。読んでお気づきかもしれませんが、新婚の夫との異性愛あり、その後の年下の女性との同性愛あり、“ひとりの愛”あり、全篇愛の讃歌であり肉欲の旺歌でもあるのです。
 ところで、この湯浅真沙子という歌人、どのような経歴の人で、どのような生涯を送ったのかは、ほとんど不明。ただ、編者・川路柳虹の「序」によると、富山県の出身で、上京、日大の芸術科に通っていたことだけは明らかなようです。
 編者は彼女に会っていて「まだ二十歳位の小柄な、どこか男性的強さと、無口でさっぱりしたやうな性格をもつ女性であった」と、その印象を記しています。


こんな「歌集 秘帳」もあった。こちらは昭和30年那須書房刊。
有光書房本より、ぐっと豪華本の造り。“秘本”の風あいがある。


 

そのページを開くと・・・女性の同性愛をうたった、こんな短歌が。ドキリとします。


 私が入手した有光書房版『歌集 秘帳』の刊行は昭和31年。定価300円。ところが、その後、やはり古書会館で、さらに限定出版に近い雰囲気の『歌集 秘帳』と出会う。こちらは、ほぼ正方形の函入れ。題筌はすべて貼込み。本文、やはり赤・墨の二色刷。昭和38年那須書房刊で780円。
 さらに、ところが、去年、これも古書会館で、新刊に近い『歌集 秘帳』にぶつかった。2000年、皓星社。定価1800円。
 この本は歌人で作詩家でもある林あまりによるエッセイが掲載されている。


さらに、その後で出会った「歌集 秘帳」。こちらは比較的最近、2000年皓星社の刊行。俵万智ちゃんの短歌ブームにあやかったか。歌人の林あまりの巻頭エッセイがありがたい。




その本文は、こんな具合です。大胆ですね。性を謳歌してますね


 このエッセイを読んで知ったのですが、『歌集 秘帳』は、まず昭和26年、神田の出版社から刊行されたが、その出版社がすぐに倒産。歌集は“知る人ぞ知る”本となっていたらしい。
 また、以上、四冊の他に、まだ無名時代の池田満寿夫による限定本もあるという。
 はたして、私の生きている間に、この限定本を目にする機会はめぐってくるのでしょうか。それとも、さらにも一版、別の画家によるエロティックな『秘帳』の 出版が世に出るのでしょうか。



やっぱりこの本でした。著者は斎藤昌三、発行人は先の「歌集 秘帳」の発行人で もあった坂本篤。この本の一項に「歌集 秘帳」と、その著者の湯浅真沙子さんのこ とが語られていました。それにしても、このブックデザイン、かなり意味深ではない ですか。装丁、装画はやはり“この道”の著名人、亀山巌による。この本には新書判の軽装本(昭和31年創藝社刊)もあり、最初は、その版を私は入手した。



坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
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