【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2008.10.27  
 
スゴイ!
すごすぎる!

戦前の和洋の小百科

坂崎 重盛    
写真
 いっとき“デブ専本”を集中的に集めていた時期がある。
 “デブ専本”とは何か?
 知らない人のために説明するが、本の厚さが、かつての土方(どかた)の弁当箱、いや、それ以上にぶ厚い本のこと。(知らなくて当然。私の造語だ)
 ちなみに、私にとって“デブ専”という言葉はネガティブな意味あいではない、どころか憧憬語である。(最近、その呪縛から逃れられつつあるような気もするが)
 それはともかく、古本屋街を歩いては、そんな、ぶ厚い本に目が留まれば、やっこらさ、と抱えて帰ってきた。
 ある程度集まったころ、それらをならべて、眺めたり、手に取って奥付などチェックしたりして気がついたことがある。
 存分にぶ厚くて、造本が凝(こ)っていて、全体として美しいオーラを発しているのは、大正末期から昭和初期にかけての本が多い、ということ。
 それと、これは当然といえば当然なのだが、事典類。これも、ぶ厚いものが多い。


『ラルース・新編・図解小百科』と『国民百科事典』。二冊の勇姿共に、事典という本であると当時に、アンチックな「美術品」でもある。この値段を聞いて驚かぬ人がいたら、そんな人とは友達になりたくない。

 今回は、古本屋クルージングしているとき、たまたま入手した二冊の事典、それも洋の東西の小百科事典を紹介してみたい。

 一冊は、『NOUVEAU PETIT LAROUSSE ILLUSTRE』。もちろん、フランスの事典。しかも、あまりにも有名な、あの『ラルース』の、絵解き小百科。一九三七(昭和12)年刊。

 もう一冊は、冨山房から出た『国民百科事典』。こちらは、さらに古いぞ。一九〇八(明治41)年の発行。
 まず『NOUVEAU PETIT LAROUSSE ILLUSTRE』──これは『新編・ラルース図解小百科』とでも訳せばいいか。
 これは高円寺駅近くのT書店の、いわゆる均一棚で見つけた。ぶ厚い背に、タンポポの種が飛び散る、アールヌーボー風のイラストレーションが印刷されている。
 手に取ると案の定、ズシリと重い。表紙を見る。クロース装。題字の下に、これもアールヌーボー風で、女性(女神?)が、タンポポの種を「ふーっ」と吹いている絵が描かれている。
 格調があり、ロマンチックな表紙だ。(この、タンポポの種は、ひょっとすると、知恵の種で、これが世界に飛び散り、拡がってゆくことを表わしたものでは……)と推測した。
 裏の見返しをチェックすると「500円」。もちろん「即買い」。なにか、姫をさらった野盗の気分で抱きかかえて帰って、いそいそとページを開く。
 姫だったら「何をする! 許さぬぞ!」と、はかない抵抗をするだろうが、事典は、そんなことはない。まったく無抵抗。


『図解小百科』の表紙と背。クロース装。タンポポの綿毛が飛び散っている。タンポポの種は「知の種」のたとえか。それを吹く女性(女神?)は「知を司る」女神?


 パラリと色刷りのページが。うおーっ、キノコだ。マッシュルームやシャンピニオンも描かれている。細密で美しい。
 細密で美しい、といえば、この事典の中でふんだんに挿入されているイラストレーションが本当にいい。これは銅版画だろうか、まさに「図解小百科」。イラストレーションを見ているだけで、楽しく、そしてためになる。


本文中のカラー図版。かわいいなあ。しかし画は細密だ。

 いや、フランス語なんてわかんなくたって大丈夫。私ですら楽しめるんですから。
 と、いっても、私は、小さな仏和事典を脇に置いて、この小百科を、より楽しく、拾い読みしているんですが。
 いやー、この全1771ページの図解百科が、500円ですよ。どーなってるんですか。古書の世界。しかも、なぜ、棚ざらしになったまま、売れ残っていたのか?
 まっ、そのおかげで、こうして、私の机の上に乗っているのですが。


本文の「A」項のタイトル。「A」の文字を取り囲むイラストレーションは、すべて「A」で始まる言葉。アルパカやアリゲーター、エアプレーンなどが描かれていますね。A〜Zまで、このスタイル。



釣の種類の図版。いいですねぇ、なにかノンビリした雰囲気が。釣をしたくなる挿画じゃないですか。



『国民百科事典』の偉容。これが明治41年の本とはそれにしても、関東大震災、東京大空襲を経て、よく今日まで残ってくれた。どこか東京以外の土地の人の蔵書だったのでしょう。


 さて、次は、ニッポン。この冨山房の『国民百科事典』。刊行が明治41年というところが、まずスゴイ。
 明治41年って、東京駅の建設着工の年ですよね。で、6年半ぐらいかかって、ほぼ現在のような中央ステーションとして竣工する。
 ま、とにかく、そんな時代に出版された『国民百科事典』。
 これは水道橋から靖国通りに向う右側、主に文学図書を扱うN書房でみつけた。
 執筆陣の名前をチェックする。石川千代松(動物)、井上哲次郎(哲学倫理教育)、岩村透(西洋美術)、国語(上田万年)、政治(高田早苗)、坪井正五郎(人類学)、芳賀矢一(日本文学)等々と錚々(そうそう)たる執筆陣。
 また、事典中の挿画担当として、織田一磨、五姓田芳柳の名が見える。
 芳賀矢一による「序」を見てみよう。

ブリタニカなく、ラルーズなく、マヤーなき我国に於ては、比一小冊子を編纂するも、亦決して軽易なる事業に非ず。

 ──とある。(本当にそうだったろうなあ、と同情、というか納得できる)。


「兵器」の図版。ピシッとしたいいイラストレーションですね。明治の銅版画か。

 先のラルーズもそうだったけれど、この明治末の冨山房の小百科もイラストレーションが素晴らしい。銅版画と思われるのもあるが、ここに転載した「兵器」と題する図版は、木口木版画ではないだろうか。いや、これは、やはり銅版か。ともかく、しばらくじっと見てほしい。明解で、硬質で、美しい。
 一色図版もいいが多色刷りがスゴイ。これは何版使っているのだろう。今日の多色刷りは、ほとんどが4色分解、つまり4版。凝(こ)った美術印刷で、せいぜい6版か。
 中から、3点ほど選んで掲載する。画の精密さ、画面構成の妙を味わってもらいたいものです。


きれいですねえ。実にサンクチュアリ。一幅の絵としても“あり”かな、と思わせる。明治の伊藤若沖か、とか。


「各国郵便切手」。 この多彩色の上にパラフィンがかかり、一点一点の切手のクレジットが入っている。欄外の「模造被認評者」等の記述が興味ぶかい。もちろん、切手なので、印刷にも許可がいる。



「淡水植物」。 見えにくいでしょうが絵の中に小さな数字が打たれ、その植物名が欄外に示されている。コーホネ、アサザ、ヒシ、オモノダカなど心引かれる植物の姿が見える。


 この小百科、全1674ページ(図版はページ数に含まれていない)、2000円で入手した。ラルースと比べれば、ちょい高だが、明治末の百科事典ですよ。
 「よくぞ、今日まで残っていてくれた!」という思いがするのです。また、本文の挿画、造本、この事典そのものが、明治の「美術作品」と、私はとらえているのです。
 明治の美術品が2000円! これは安い。安すぎます。しかも“実用”にもなるというのですから。



坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
【 古書道楽「珍・本・版」 掲載記事一覧 】
「粋人粋筆」探訪の清水崑の粋筆 「遊歩人」で大好評連載本文を読む
プロレタリア本が私に囁きかける 蟹工船効果で柄にもなく私も……本文を読む
戦前の昭和26〜27年の 艶笑本にときめいて…本文を読む
女人短歌 「秘帳」にドキドキ 堂々の性の謳歌に引かれて本文を読む
スゴイ! すごすぎる! 戦前の和洋の小百科本文を読む
見よ! タバコカード この愛らしさ美しさ!!本文を読む
漫画家によって描かれた 戦前・戦後の東京を蔵出し本文を読む
夏だ団扇絵だ 今回は「可愛いい」「メデタイ」子供絵本文を読む
そろそろ団扇(うちわ)の季節 美人団扇絵を鑑賞する本文を読む
今年の藤は見る前に散り そろそろ花菖蒲の季節本文を読む
ついに重盛センセイのヒョータン部屋に闖入本文を読む
重盛センセイは春休みでどこかへ遠足 お留守番はぼくたちヒョータン仲間本文を読む
エロティック増書票の世界(海外編) 蔵書票の主流(?)は好色系本文を読む
なんだコリャ? 正月らしく「見立て」宝船が登場本文を読む
エロティック蔵書票の世界(日本編) 秋深し独居 好色蔵書票(露骨)本文を読む
明治中期の版画で 隅田川の雪景色を楽しむ 『東京おもかげ散歩』の 本づくりのついでの蔵出し本文を読む
絵師・山本松谷の筆により この驚異の企画が完成した [新撰・東京名所図絵]を開く本文を読む
「風俗画報」の盛哀を見る 明治石版画から写真版へ本文を読む
明治石版印刷の粋 「風俗画報」礼賛本文を読む
明治中期の「少年少女」本 当時一流の文人・画工が 健筆をふるう本文を読む
明治中期は打ち揃って、なんだかスゴイ 美妙、二葉亭、そして露伴 「版」でいえば木版、銅販、石版がズラリ本文を読む
この一冊が“日本の風景”を生んだ 志賀重昴の『日本風景論』本文を読む
手にしているだけで うれしくて 血圧が上がる本本文を読む
『 新富町多與里 』 再訪 3万匹のミノムシが森から消える本文を読む
ついに入手したぞ 『新富町多與里』本文を読む


 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.