【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2008.09.22  
 
見よ!タバコカード

この愛らしさ
美しさ!!

坂崎 重盛    
写真
 タバコを喫わないので、事情にうといのだが、自販機でタバコを買うときはカードが必要なんですって? タバコカードとかいって。
 タバコカード・・? どっかで聞いた言葉だ。
 じつは私、もう何年も、というか十年以上前からタバコカードを持っている。タバコを喫わないくせに。

●戦前、紳士のあいだで大流行

 私にとってのタバコカードとは、戦前に大流行したコレクターズアイテム、タバコの箱の中にオマケとして一枚ずつ添えられたカードのことである。
 このタバコカード、イギリス、アメリカの紳士のあいだで大人気を呼んで、タバコそのものの売り上げを大いに伸ばしたほどだという。時代は19世紀後半から戦前にかけて。
 じつは、タバコカードについては、拙著で一回ふれている。めでたく(?)絶版となっている『蒐集する猿』(ちくま文庫)の中。しかし、図版はモノクロで、文庫版ということもあって、小さい。ここは、ITの恩恵をこうむって、カラーでドンと(一部は拡大)して紹介したい。

 ところで私がタバコカードと出会ったのは、神保町の古書店である。古い地図や刷り物の置いてあるコーナーに、小さな小冊子が積まれていた。
 子供のころ、切手蒐集をしていたので、(おや、ストックブックかな?)と思って手に取った。ストックブックとは切手の収納帳のことである。
 ところが頁を開いてみると、これが、戦前の飛行機や弾丸列車、あるいはモーターカーのカードが収められているアルバムだった。
 つまり、タバコカードコレクション。
 タバコカードを実際に手にしたのはこのときが初めて。


(図版1) タバコカードのストックアルバム

●「たばこと塩の博物館」へ

 私は、ふつう洋物には手を出さない。しかし、そのタバコカードの刷りがじつに美しい。どうやら石版刷りのようである。
 となると放ってはおけない。
 明治の石版名所絵を集めだしてから、石版に関するお勉強を独学でやってみようと思ってきたからだ。
 ま、そんなこんなで、タバコカードのアルバムを3冊ほど選んで入手した。と、いっても買ったまま引き出しに入れっぱなしにしていたのだが。それからしばらくたってから、ひとつの企画展が目に止まった。

 いま、この原稿を書くために、そのパンフレットを見ている。企画展名は「お・ま・け〜たばこカードの世界〜」平成5年12月11日(土)〜6年2月13日(日)とある。主催日会場は「たばこと塩の博物館」。
 そうです、渋谷にある「たばこと塩の博物館」による企画展。なるほど、ここならタバコカードのコレクションがあって何の不思議もない。
 もちろん、でかけました。だから、そこで入手したパンフレットを、こうして見ている。

 面白かったですね。かなり心ひかれた。ヘタをするとハマリかかる。一種のビジアル小百科。博物誌でもある。それもすべて美しい手描きの版による。
 しかし、このタバコカードが“複製”でも10枚セットで2万円(額入れ)、オリジナルだと物によっては20枚セットで10万円もすると知って、その気は失せた。そんな金があるなら、もっともっと明治石版画を買うって。たとえ駄物でも。
 それはさておき現場を見てみよう。

●コレクター本能をくすぐる物件

 まずは「AIRCRAFT OF THE ROYAL AIR FORCE」(図版1)。このタバコカード専用アルバムは「JOHN PLAYER & SONS」の発行とある。タバコメ−カーの名でしょう。小さく「PRICE ONE PENNY」とあるので、このアルバムが1ペニーで売れていたことがわかる。


タバコカードは一枚一枚アルバムに貼れた。
欲しいカードが出るまでタバコを買わなければならない。

 コレクターの英国紳士は、愛しのタバコカードをこの専用アルバムを買い求めて、一枚一枚貼っていったのでしょうね。
 すごいのは、それぞれの飛行機の機体の説明文はすでに印刷されている。そしてその上にカードを貼り込むための四角いスペースがあいている。
 つまり、このアルバムを完成するためには、すべての空欄になっているカードを揃えなければならないのである。



達者な描写ですね。石破元防衛省長官、欲しいでしょ。


なんと可愛らしい飛行機!

 思い出しましたね。子供のころ熱中した「紅梅キャラメル」を。巨人軍の選手のカードを集めるのだけど、水原弘監督が出ないんだよね。そのために「紅梅キャラメル」を何箱買って食べたことか。ときには気持ち悪くなるまで食べた記憶がある。

 次が「WILLS'S CIGARETTE PICTURE CARD ALBUM」(図版2)。WILLSというのは有名なイギリスのタバコメーカーですね。ここがタバコカードの火付役ともいわれている。


(図版2) タイトルがSPEEDと書き入れられている

 このアルバムもPRICE ONE PENNY。先のアルバムの値段と同じ。ということは時代も同じ。ひょっとして同一人物が放出したものかもしれない。いや、十中八、九そうだろう。
 コレクションしていた日本在中のジェントルマンが亡くなって家族が処分したのではないか。
 アルバムは手書きで【SPEED】とタイトルが入れられている。速さを競う乗り物のコレクションがある。
 飛行機あり、モーターカーあり、汽関車あり、巨船あり、これまた絵がすばらしい。


SPEEDコレクション。 いいですねえ、このスピード感。
「スピード」は20世紀初頭の「夢」でした。


「ブルーバード」と名づけられたモーターボート。かっこいい!


「イカルス」と名づけられた巨船。船だってスピードが命だ。

●戦前の日本にも上陸

 これが『蒐集する猿』で少しふれた「AIR RAID PRECAUTIONS」(図版3)。これまたWILLS社のもの。
 これが、ただならぬタバコカードで、つまり「空爆を防備する」テーマのタバコカードなのだ。どうやら毒ガスに対応する訓練らしき絵柄もある。
 例のサリン事件が起きたとき、私は、このタバコカードを思い出して、じっくりとながめたことなどを『蒐集する猿』に書いたのである。


(図版3) これが問題の空爆防備タバコカードの表紙だ


なんかマガマガしいですね。戦時下のタバコカードだ


サリン事件を思い出させる絵ではありませんか。


“目張り”を入れている絵か。予防訓練のようですね。
本当の戦争になったらタバコカードどころではない。
コレクションは平和の象徴。

 偶然手に入れたタバコカード、この小さな冊子、こうして、たまに取り出してながめてみる。そして、こんなコレクションにうつつをぬかした、ジェントルマンの風貌を思い浮かべてみる。好きだなあ、こういうタイプ。
 ところで、タバコカード戦争、日本にも上陸。流行となる。美人尽しや百人一首、あるいは花札と、いかにも日本ならではのテーマがカードとなっていたらしい。
 そういえば、斎藤茂吉、あの先生もタバコカードのコレクター。たしか、カード欲しさにタバコを何箱も買った、と『斎藤茂吉随筆集』(岩波文庫)にあったはず。好きだなあ、こういうタイプ。


坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
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