【趣の庭】古書道楽「珍・本・版」
2008.06.23

そろそろ
団扇の季節


美人団扇絵を鑑賞する


坂崎 重盛  
写真
■よき日本の風景の中の佳人の表情、しぐさ

 梅雨空で肌寒いほどの日があるかと思うと、カラリというか、カッと晴れて夏のような日もある。
 昔、私の子供のころは、そろそろ御中元、暑中御見舞、という時節となると団扇(うちわ)が、あちこちから届いた。
 そこらの商店でくれる、いかにも安価な物から、(おや、これはお客様用として使えるな)というレベルのものまで。
 もらった団扇を袋から出して、家族で一緒に見て、品定めするのは、子供心にも楽しい季節の一風物詩でもあった。
 
 今でも憶えているが、戦後の団扇絵に描かれた風景画には「印象」という号が入っていた。そのころは知る道理もなかったが、この「印象」とは京都の日本画家「堂本印象」の「印象」だろう。
 この季節になると、そんな、こんな、を思い出したりする。
 ということで今回の珍・本・版は「団扇絵(うちわえ)」。それも、これはすべて明治末。いや刷りの感じからいって大正期ではないかな、と思われる石版刷りの美人団扇絵を紹介してみたい。
 私、もともと団扇絵に特別の関心を抱いていたわけではない。これら団扇は、石版画のことを知りたいがための、傍系の参考物件として、目につけば入手したものである。
 しかし、集ってきたものを暇なときに取り出して一枚一枚ながめていると、これがいいんですね。
 絵に描いたような日本の風景が(当然、絵なんですが)描き残されている。そして、その中の涼しき美人の姿。


 まずは、最初の一点。
 前回が、明治石版東京名所の「花菖蒲」特集だったので、それにリエゾンするかんじで、花菖蒲の園の中に立つ美人の団扇絵を。
 二人の美女に女の子一人の三人。若い方の女性の手には小さな本が。着物のセンスがいいですね。
 昔の人は、浮世絵や、こういう版画に描かれた女性の着物姿から、ファッション情報も得ていたといいます。ですから、こういう刷り物は、情報源の一つでもあったのですね。
 
■涼しさを求める団扇絵に川や池の水景はつきもの

 日本の景観を生む要素の一つは「湿度」であるという。ほどよい湿度が多彩な植物を育て、また、きめのこまかな女性の肌を生んできた。
 まして夏といえば水景である。当然のことながら、団扇絵には水の景色が多く描かれている。石版団扇絵からも少し選んでみた。


 これは、浅瀬を渡る美人二人。一人の背中の帯には団扇がはさまれている。岸の樹は形からいって柳。
 こんな絵の団扇をあおぎながら昼寝をしたら、どんな夢を見るのでしょう。


 次は橋の上の美人。手前には、これも柳の枝が垂れ下がり、橋の上には満月が。川面には屋形船が浮かび、対岸の夜景とともにシルエットで描かれている。
 ちなみに、描かれている橋はどう見ても隅田川にかかる橋ではない。京の夜景だろうか。

 こちらはぐんとモダン。鉄の柵に寄りかかり、驟雨(?)の中の水景をながめやる美女の手にはバラの花が。鉄柵のデザインもモダン、着物とその下の襦袢(じゅばん)の柄もシックである。しかし、遠景には四ッ手綱を使う船の姿が。こちらは伝統的情景。
 ちなみに大粒の雨は、光が当たると光る銀刷りがほどこされているという豪華ぶり。



 これはもう定番。川ぞいの茶屋(?)の部屋からながめる川開きの図柄。美人の表情など、もうマンネリの極みだが、これもまた一興。よく見ると彼女の髪には一輪のバラの花がさしてある。手前の枝は、もちろん柳。



 前の作品には遠景に四ッ手網が描かれていたが、こちらは投網(とあみ)。月は満月。この樹はなんだろう。葉の形からすると、エンジュとかアカシアとか? いずれも夏につきものの樹ではあるし。
 余談ですかが、京都の鴨川では、今でも投網で漁をしている光景を見ることができます。


■団扇絵に描かれる季節は夏とは限らない

 美人と合う光景ならば、団扇絵に描かれる季節は秋もある。その証拠物件を提出します。


 ご覧のように「菊」です。なぜか白菊と美女との取り合わせは定番の図柄の一つ。「清楚」、「高貴」のイメージがあるのでしょうね。
 ところで着物の向って右の袂(たもと)の赤い紋様が一部こぼれ落ちているようにも見えますが(版ヅレで)、これはそうではなく、うしろのハゲイトウと色がたまたまダブってしまったものでしょう。

 こちらも「白菊」。夢の図像も美女たちのおめしものも、ぐんとエレガンス&ゴージャスですね。手前の彼女の帯の柄は楓(かえで)の葉でしょうか。気品ただよう三美人。こんな絵柄の団扇は、やはり美しい人の手であおがれてほしいものですね。



 これは水景です。だから季節は夏か? というと、はたしてどうだろう。
 背景には立派な富士山が。また、船の上の美女二人は何をしているのでしょう?
 一人は棹(さお)を使い、一人は船から半身乗り出して右手には鎌。で、川の中の植物を刈っている。
 つまり、川の藻(も)を刈る。そうです「もおかる」=「儲(もう)かる」という、知る人は皆知っている縁起物の図像なんです。
 こういう絵柄の団扇を、おとくいさまに配ってますますの商売繁昌を、というお目出度い物件なのです。
 どうですか、石版刷り団扇絵、楽しんでいただけましたでしょうか。じつは、こんな絵柄を手に取って、じっくりとながめ、こういう雑文を書いている私自身が一番楽しかったりして。
 次回は──次回も団扇絵のつづき。テーマは? それは次のお楽しみに。

 

坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩」(朝日文庫)、「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
 
【 古書道楽「珍・本・版」 掲載記事一覧 】
「粋人粋筆」探訪の清水崑の粋筆 「遊歩人」で大好評連載本文を読む
プロレタリア本が私に囁きかける 蟹工船効果で柄にもなく私も……本文を読む
戦前の昭和26〜27年の 艶笑本にときめいて…本文を読む
女人短歌 「秘帳」にドキドキ 堂々の性の謳歌に引かれて本文を読む
スゴイ! すごすぎる! 戦前の和洋の小百科本文を読む
見よ! タバコカード この愛らしさ美しさ!!本文を読む
漫画家によって描かれた 戦前・戦後の東京を蔵出し本文を読む
夏だ団扇絵だ 今回は「可愛いい」「メデタイ」子供絵本文を読む
そろそろ団扇(うちわ)の季節 美人団扇絵を鑑賞する本文を読む
今年の藤は見る前に散り そろそろ花菖蒲の季節本文を読む
ついに重盛センセイのヒョータン部屋に闖入本文を読む
重盛センセイは春休みでどこかへ遠足 お留守番はぼくたちヒョータン仲間本文を読む
エロティック増書票の世界(海外編) 蔵書票の主流(?)は好色系本文を読む
なんだコリャ? 正月らしく「見立て」宝船が登場本文を読む
エロティック蔵書票の世界(日本編) 秋深し独居 好色蔵書票(露骨)本文を読む
明治中期の版画で 隅田川の雪景色を楽しむ 『東京おもかげ散歩』の 本づくりのついでの蔵出し本文を読む
絵師・山本松谷の筆により この驚異の企画が完成した [新撰・東京名所図絵]を開く本文を読む
「風俗画報」の盛哀を見る 明治石版画から写真版へ本文を読む
明治石版印刷の粋 「風俗画報」礼賛本文を読む
明治中期の「少年少女」本 当時一流の文人・画工が 健筆をふるう本文を読む
明治中期は打ち揃って、なんだかスゴイ 美妙、二葉亭、そして露伴 「版」でいえば木版、銅販、石版がズラリ本文を読む
この一冊が“日本の風景”を生んだ 志賀重昴の『日本風景論』本文を読む
手にしているだけで うれしくて 血圧が上がる本本文を読む
『 新富町多與里 』 再訪 3万匹のミノムシが森から消える本文を読む
ついに入手したぞ 『新富町多與里』本文を読む


 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.