古書道楽「珍・本・版」
2008.1.7
明治中期の「少年少女」本当時一流の文人・画工が健筆をふるう
坂崎 重盛
 
 
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 前回は、好色蔵書票のうち〔日本篇〕を紹介した。“ほぼ原寸大”と注をつけたのだが、これはパソコン知識に乏しい私の失策。
 雑誌に掲載するのとはちがって、その人その人のパソコンの画面の出かたによって、大きくも小さくもなって出るという。
 ちなみに、私自身のパソコン(検索の真似ごとだけはできるようになった)では、これが、原寸の倍ぐらいに出て、びっくりした。
 エロティックなモノだけに、小さければまだしも、画面にドカンと出ると恥ずかしい。恥ずかしいが、蔵書票を作った画家や版画家の力量はよくわかる。
 前回、〔次回は海外篇〕と予告した。こちらの方がエロ度が激しい。さて、どのように紹介するか、と、当の物件をあれこれ選んでいたのだが、フト、心をかすめたものがある。
 今は、十二月の半ば、あと半月で正月だ。人が、この連載を見てくれるのは、正月明けという。

 
 
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(正月か、エロ蔵書票も“めでたい”ものではあるが、さらに正月にふさわしい「珍・本・版」的物件――宝船の刷り物があるではないか)と気がついた。予定変更、宝船で行こう。
 宝船というもの、江戸時代に流行する。波の上を行く船の絵があり、帆に「獏」という字が書かれていたりする。
 これは獏という動物が「悪夢を食う」という言い伝えがあるから。あるいは、船の上に米俵や宝玉やサンゴ、打ち出の小槌といった当時の宝物が山とつまれている。
 めでたい「七福神」が乗り合っている図も多い。
 とにかく、正月にふさわしい絵柄が描かれ、これが木版刷りされている、いわゆる縁起物。
 そうそう、「ながきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな」?つまり「長き夜のとおの眠りの皆目覚め、波乗り船の音の良きかな」という、上から読んでも下から読んでも同じ「回文歌」が書き添えられていることも多い。
 こういう宝船の刷り物を、正月の二日の夜に寝具の下に敷いて、初夢に吉夢を見る、と言い伝えられてきた。

 
 
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 めでたい夢の第一は「富士の夢」。それに続くのが「二、鷹」で「三、茄子(なすび)」。いわゆる「一富士二鷹三茄子」。
 「江戸商売図絵」の類を見ると、正月元旦から二日の宵にかけて、「道中双六、お宝、お宝」と双六と宝船を売る「宝船売り」の姿が描かれている。
当然、宝船を詠んだ川柳も沢山ある。その中から選んで少し紹介してみよう。

     宝船さかさに読んで下女感じ
 例の「ながきよの――」の宝船回文歌に「なるほどねえ」と感心する下女。ということは、“山だし”の下女でなければ当時は皆、この回文を知っていたということだ。
     売れ残り三日宝の持腐れ
  正月も三日になっては、もう宝船は「宝の持腐れ」になってしまう。 
     宝船日本からも一人乗り
  これは宝船に描かれる七福神が恵比須さんだけが日本神であとの六神はインド、中国からの外来神ということ。
     絵に描いた船も今夜は人を載せ
  宝船はふとんの下に敷くから、その上に乗るのは人。と思うと、こんな破礼句もある。
     宝船シワになるほど女房漕ぎ
  説明不能。

 
 
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 と、まあ、こんな具合の宝船なのだが、この刷り物が、江戸が明治と変わり、さらに大正、昭和の御世となり、正月に宝船など敷く習慣などとうに消え去ったのに、ちょっとした宝船ブーム」が来る。ピークは昭和初期から10年代頭頃までか。
 刷り物蒐集としての「宝船」だ。
 数奇者やコレクターが、自ら自画自刻、あるいは版画家に依頼、発注して、宝船を刷る。これを持ち寄って他の会員の作った宝船と交換する。
 たとえば、その「宝船交換会」の会員が五十人いたとすると、自らの作った宝船を五十枚持ってゆき、それぞれの人の宝船と交換する。当然、一気に五十枚の宝船のコレクションとなる。
 しかし、この木版宝船の刷り物。わざわざ版木に彫り、それを特すきの紙などに刷ったりするので出費も馬鹿にならないはずだった。ヒマも金も余裕のあるご仁の酔狂な遊びではある。平和な道楽だ。
 酔狂な連中のやることだけに、ただ宝船を描くはずがない。趣向をこらす。「見立て」、いわゆるパロディーを考える。
 今回、ここに紹介するのは、宝船の中の「見立て宝船」。中には「なんでこれが宝船なの」と思われるのがあるが、そうであればあるほど、作ったご当人は鼻高々で、「交換会」でも評判を取ったのではないだろうか。
 手元の「見立て宝船」を何枚か引き出してみた。お楽しみいただければ。

 
1. まずは難易度の低い、誰にでも一見して船の形としてわかる宝船から。しかし、この絵師の技?は相当高い。新春にふさわしい梅の枝と花が船の形をつくり、帆は宝玉の描かれた手ぬぐいか。「はつ夢や嬉しき梅の花の春 正月二日」と句が書き添えられている。
2. 一転して「これが宝船?」の例。茶筌(ちゃせん)が立ち、そのうしろに茶杓(ちゃしゃく)が。ただ、それだけ。つまり茶杓が船で茶筌が帆の見立て。よく見れば茶筌の柄の部分には、ちゃんと宝船の絵が。さらに「泉万菓子舗版」と入っているので(なるほど、和菓子だから抹茶道具の絵柄できたか)と腑に落ちる。
3. 4. この二点も宝船マニア以外には、「これが宝船?」だろう。3. は洋書の船と帆というわけである。おまけに万年筆が帆柱。帆の印かわりにEX-LIBRIS、蔵書票が描かれているのがニクイ。4. こちらは、ぐっとシンプル。和書が開いたまま伏せられているのが船で、帆の本が立っている。帆に、宝船の文字があって、やっと見立てとわかる。
5. 書斎関連では、この硯と墨の筆の宝船。墨が宝船そのものではあるが、硯を船と見立てれば墨は帆と見えなくもない。それにしても美しいデザイン感覚だ。
6. これはまた! 灘波のシンボル「みおつくし」にライオンの像。煙突の煙は、よく見ると「たから」と読める。宝○○という会社の煙突か。帆の全体の図像的意味は、私には不明。大阪の人ならわかるのか。それもあるが船べりに描かれているのは路線図。船の上の宝はハサミの入った乗車キップ。波は、なんと鉄道車輪ではないか。なるほど左端に「乗車券蒐集者の山本不二男」とある。“鉄ちゃん”の宝船というわけ。かなりの力作。
7. キリがないので、最後に、これは素直な作品。福々しい女人が宝船を描いているという絵柄。着ている着物の柄は宝玉。正月の「書き初め」が宝船というところ。「繙賞」という号?が入っているが、この文字は昭和初期の宝船刷り物ではよく見かける。

 というわけで、今回は正月らしく宝船。この中からプリントアウトしてふとんの下に敷いて吉夢を見るのも一興。なにはともあれ「恭賀新年」、今年も良い年でありますように。
 次回は、いよいよめでたくもエゲツナイ、エロ蔵書票「海外篇」だ。

 
 
坂崎 重盛 (さかざき・しげもり)
東京生まれ。
造園家を経て、編集者・ライターに転進。
著書に「秘めごと礼賛」(文春新書)、「超隠居術」(角川春樹事務所)、「蒐集する猿」(ちくま文庫)、「東京本遊覧記」(晶文社)など。
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