古書道楽「珍・本・版」
2007.10.24
明治中期の「少年少女」本当時一流の文人・画工が健筆をふるう
坂崎 重盛
 
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 ところで今回は告知、いや自己宣伝です。
 今月の始め、本を出しました。東京下町の散歩本ですが、今度の本では多少のヒネリを入れてみました。
  明治時代、それも、主に10年代から30年代までに刷られた木版錦絵と石版名所絵を紹介しながら東京下町のあちこちをそぞろ歩いてみよう、という趣向です。
  題して『東京下町おもかげ散歩』(グラフ社刊・1400円)  江戸、明治の木版錦絵のコレクターは少なくない。もちろん、江戸錦絵(浮世絵)は今日、美術品としての評価も高まり、値段も、刷りの良し悪し、保存状態の程度にもよるが、もっとも安いのでも、3万、5万はする。  江戸錦絵と比べて、ぐんと評価の低かった明治期の木版画にしても、一枚1万円以上はする。
  それが明治石版画となると、明治木版画の十分の一、安いもになら一千円、いや五百円、三百円で入手することができた。コレクターも私の周囲には誰れもいない。
  古書や絵葉書のコレクターは何人も知り合いがいるが、明治の石版画をせっせと集めている、という物好きには会ったことがない。値段が安くて、競争相手が少ない──いやあ、楽なコレクションじゃないですか、と言われそうだが、現実はそう甘くはないんだな。

 
 
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 江戸錦絵や明治木版を専門に扱う店は、東京だけでも何軒もある。マーケットが成立しているのだ。つまり、資金さえあれば、一挙にかなりのコレクションが可能である。
  ところが、明治石版画となると、これが、浮世絵専門店にもまず置いていない。じゃあ、大正期以後の創作版画や現代版画専門店にあるのかというと、まず100パーセントない。
  つまり、モノが見当たらないのだ。肝心のコレクションすべきモノがないとなると、値段の安い高いではない。競争相手、コレクターの多い少ないではない。
  では、なぜ明治石版画は見当らないのか、ということになると、考えられる理由は──、 まず、明治石版画は市場が成立するほどの評価がされなかったということ。美術品としてはもちろなのこと、歴史的な資料としてもほとんど見向きもされなかった。
  明治木版画は、今日のチラシやポスター、あるいは絵葉書同様、一種の消耗品として扱われ捨てられてきたということ。おびただしい数の石版画が刷られ、配られ、そして使い捨てられてきた存在であるということ。
  したがって、これを、わざわざ、ある程度の金を出してまでして、入手しようという人間がいるとは思われなかった、ということ。つまり、商売になるモノとは思われてこなかったのだ。

 
 
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 また、描かれた人や風景も、ほとんどは、かなり画一的というか、マンネリというか同じようなパターンが多い。刷りや彩色も、いいかげん、おざなりなものが少なくなく、コレクターの美的神経を逆なでするような作品が大量に出まわった。
  つまり、明治石版画は、業者にも、コレクターにも、ほとんど見向きもされてこなかったのである。
  そんな刷り物だからこそ、私はボチボチ、セッセと集めてきた。
  浮世絵専門店の片隅に、まるで、たまたま、ついでのように数枚置かれたモノ。 古書市の雑多な地図や刷り物にまじっていたモノ。
  送られてくる古書店の目録の中に、わずかに一点、「12枚袋付き・○千円」などという一行に示されていたモノ。
 このような、わずかな機会に、しかも納得な値段であるときに限って、明治石版画を集めてきた。
  それら明治石版画の、東京下町を描いた名所絵を、明治期の木版画とともに“蔵出し”、紹介しながら、誌上散歩をする、というのが、今回の『東京下町おもかげ散歩』というわけ。

 
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