古書道楽「珍・本・版」
2007.09.25
明治中期の「少年少女」本当時一流の文人・画工が健筆をふるう
坂崎 重盛
 
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この「上野公園之部」から、全64刊の「新撰・東京名所図絵」がスタートする。明治出版事業の金字塔
 

 「風俗画報」発行の東陽堂が、明治29年9月から途方もないシリーズ企画をスタートさせる。
 それは「新撰・東京名所図会」とタイトルされた全64冊の臨時増刊号の発刊である。このシリーズ、「東京近郊名所図会」、全17冊と合わせれば81冊、明治29年9月から明治44年10月まで、ほぼ丸15年におよぶ超ロング企画となる。
 その「第1号」が「上野公園之部」(上)。もちろん、2号が(下)で、私は上・下の2冊セットを神保町の古書店で入手した。

 

 ところで、なぜ、この明治の東京名所のシリーズ第1号、第2号が「上野公園」なのか?その理由が、第1号の「凡例」の冒頭に記されている。一部、原文を現代語の表記、読み方に変えて紹介する。
およそ東京名所図会は、武蔵野ならびに江戸の事より宮城をはじめとして記すべきの順序なり。しかるに本番の公園をはじめとせしは、他にあらず。公園は公衆をして遊適せしむるがために設くる所なるを以て上京者は第一に歩をこの地に曲ぐるによれり。しかして右公園記事の後は漸次市区より郡部に及ばさしむとす。
と、「上京者」が、東京名所といえば、この明治の中ごろは、まず、浅草公園や上野公園に足を向けるため、とのべている。
 もっとも、公園といっても、明治六年に太政官布達によって生まれた。上野、浅草、芝、深川、飛鳥山の5公園は、それぞれ、寛永寺、浅草寺、増上寺、富岡八幡社、飛島山といった江戸時代からの名所旧跡の地であった。
 それらの地に、維新、開化の衣裳もスッポリとかぶせて、公園としたのである。
 とはいっても、御一新から約三十年、上野は単に寛永寺の上野ではない。この号でも「江戸名所図会」の掲載や、この地の歴史・文化の解説はもちろんあるが、明治21年に落成した「美術協会」での展覧会の様子や「大仏および精養軒の図」が掲げられている。
 レストラン精養軒はご存知のように今日も盛業中だが、大仏は関東大震災のときに首が落ちて、今は、その頭部だけが大仏山にパゴダの塔とともに安置されている。

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現在、大仏は頭部だけが大仏山に。明治の文人も利用したレストラン精養軒は建物は変わったが今日もご存知のように盛業中。
 
 

 1号目から3ヵ月後に刊行された2号めの「上野公園の部」(下)を見てみよう。
 巻頭口絵は「上野東照宮之図」。私は東照宮へは、ぼたんの花の時期以外はめったに詣でないが、いつ行っても圧倒されるのは、大きな燈籠の立ち並ぶ境内の光景である。
 その光景が、そのまんま、この明治の石版画に描かれている。
 それにしても、画工の山本松谷(昇雲)は、建物や風景はもちろんのこと、群集の服装や様子を一人一人たんねんに、しかも沢山描く。

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松谷は建物や風景もだが、人物の描写にも力を入れた。画中の人物のファッションを見るだけでも興味つきない。
 

 この東照宮の絵でも何人描かれているのだろう。ざっと数えると100人ほどいるのでは?
 「動物園」の全景図もある。こちらの人物像は点景に近いし、量もまた、うんと多いので、人の数を数える気にもならない。それより獣舎の表記を見るのが興味ぶかい。
 ぞう、とら、ひょう、がいる。カンガルーもいる。「うをのぞき」とは、水族館のようなものか。
 この他、「美術学校教室の図」「東京図書館の図」「博物館の図」また、山下の「不忍弁天祠の図」などがあり、まさに石版画と文章で案内する「新撰・東京名所図会」となっている。絵師・山本松谷の筆によって、この驚異のシリーズは成立した。
 「上野公園」の下巻が出た明治39年12月のすぐ後、30年1月には追っかけるように「浅草公園之部」(上)が出る。こちらは三巻セットで(中)が30年4月、(下)が30年5月という刊行ペース。

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江戸が終って30年もたつとこのような動物園が登場する。上野公園が東京を代表する観光地であったこともうなずける。
 

 この浅草寺周辺の案内も旧跡の歴史から始まり、仲見世の様子、明治23年に六区にできたという「パノラマ館」の外観や内部、浅草寺周辺を鳥瞰した図、また「待乳山聖天宮の図」などあり、松谷描く石版画を、じっと見ているだけでも興味はつきないが、先を急ごう。
 「隅田堤」(上・中・下)の三巻が控えているからだ。刊行は、それぞれ明治31年3月、4月、6月。
 この3冊セットを古書店で見つけたときは、胸が少しドキドキした。私が、隅田川マニアだからだ。

 
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