【趣の庭】軽井沢便り Vol.73
 趣の庭】軽井沢便り  Vol.73
2015.7.15   

Karuizawa Journal

サン国家主席、深田大使も

ダラットの農場にやってきて



荒井 久  

   なんと1年以上のご無沙汰でした。昨年14年4月には、ベトナムはダラットでのレタス栽培の模様をお伝えし、4月15日のホーチミン市での「レタス試食 会」の成果も書いた。5月には帰国して東京・根津のベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」繁盛記を書いた。その後の1年間。僕にとっては誠に多忙な1年で あった。それにしても僕は川上村の「天空のレタス」が大好きだ。こちらはネットショップ「採れたて長野」でも扱いが始まった。

ダラットでも川上村の天空のレタスが採れた

  ダラットではすっかり雨期に突入したばかりの15年4月30日。この日も激しいスコールの中、遠い山間にあるAPL新農場になんとサン国家主席が現れた。 ラムドン省人民委員会チェアマン、次期駐日ベトナム大使などを伴ってのことだから車が約20台も連なり、周辺の人々を驚かせた。

サン国家主席も農場で試食

 まずはAPLのレタスを試食された国家主席は笑顔で「美味しいね」と一言。花岡社長が取り出した大きな大根にも驚いた様子だった。日本政府も推薦しているAPLの農場を一度見てみたかったと訪問の理由を語り、第二、第三の農場も探してあげたいと感想を語られた。

右中央がサン国家主席、左から2人目が花岡社長

  この後、5月になってからは駐ベトナムの深田日本大使も農場を視察された。さらに5月13日には栽培の見える化でタッグを組むNTT西日本の常務が現地を訪問してくださったり、6月5日にはNTT西日本の社長も現地を訪問、意見交換をしていただいたのだった。

 実はAPLは4月7日に創立1周年を迎えたばかり。しかしすでにダラット、ホーチミン、ハノイに約30名 のスタッフを擁する会社に成長している。ダラットだけでも約20名。土屋代表のはからいでダラットの関係者約30名がお祝いパーティを実施。僕も参加した のだった。ホーチミン、ハノイでもそれぞれお祝いの会をするようにと土屋代表が指示、ダラットで代表は「来年は全員をこの場所に集結してお祝いしたい」と スピーチ、大きな拍手を浴びた。

ダラット市内でAPL満1周年パーティー

  以前にも書いたかどうか。これがダラット中心街にあるAPLのオフィスだ。全15室あり、僕が泊まるのは3階のいわば屋根裏部屋。快適なのである。

ダラット中心街のAPLオフィス

  地下1階には比較的大きなキッチン、ダイニングがあり、時々お客様を招いたりする。この日も僕らはホーチミンで有名レストランを経営するオーナーを囲んで の食事会となった。料理は僕とワイフがみんなの協力を得て頑張った。文京区で「晴れ晴れ家」を経営していたから、どうしても僕らは調理人にみられるのだ。

ダイニングに有名レストラン経営者を招く

  APLが手掛けた第一期目の農場は当初、誠に順調かと思われたが、現実にはそう甘いものではなかった。夏場の雨期は雨に打たれっぱなし。雨に弱いレタスには致命傷だった。
 秋口から冬に掛けて正常に戻ったと思いきや、食べ物が少なくなった水牛に襲われた。一夜にして200個も食べられてしまったり、なによりあの巨体がのっしのっしと畑に入り込むからたまらない。畑は荒らされた。
 冬場になって好調の兆しが見えたところに襲ったのが連作障害の根こぶ線虫の被害だった。線虫は必ず存在するものだが、連作により多くなりすぎると根から葉に栄養分が届かず、成長が止まる。さて、どうしたものか。花岡社長の悩みは続いた。

多くの課題を抱えて花岡社長

 そうしたところで、新たな広大な農地を提供する農業経営者が協力を打診してきた。やや市街地からは遠距離だが、APLはそこに新天地を求めたのだった。

広大な新天地で農作業が始まる

 現地のワーカーも当然とばかりに新農地に移動してくれて、また新たな挑戦が始まった。ただ、トラクターもこんな感じだから、川上村とは比較にならない苦労も潜む。

中古、小型のトラクターもやむなし

 ただ、なにより嬉しいのは現地ワーカーさんの笑顔の対応だ。すっかり僕たちの主旨を理解してくれて、農業を楽しんでくれている。日本ならさしずめ「ヤッホー」という声が聞こえる感じなのだ。

現地ワーカーの笑顔が救い


とにかく農作業を楽しんでくれている

 スタッフの中にいる年長のお姉さんが、昼食を作ってくれる。これがまた抜群に美味しい。もちろん、食べ放題だ。その後は少しばかりの休憩タイム。こちらでもやはりスマホが人気のようだ。

昼は料理上手なお姉さんが手料理

 さてさて僕はと言えば、4月のダラット出張のあと、5月の連休はワイフとベトナムの休日を楽しんだ。そこで驚いたのがニャチャンとい うリゾート地。ここには3回ほど行っているのだが、主要海岸に並ぶホテル群とは別に、単独で少し離れたところにある広大なホテル、「ダイヤモンドベイリ ゾートアンドゴルフ」がとっても気に入った。この夏休みもここにと即決したのだった。

ニャチャンに素晴らしいリゾートを発見


ところで、超多忙を極めた昨年の経験から15年1月末で、ベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」から撤退した。気にってくれる人が現れて、2月から晴れ晴れ家ではないけど引き継いでくれることに。

 さらに、軽井沢ヴィラAraiも手放すことに。こちらは旅館業の免許を取らねばならなくなり、もともと1年間悩んでいた。HPに売却予定と表示したとこ ろ、すぐに今まで利用してくださった方から連絡があり、譲って欲しいと。これもとんとん拍子で決まった。もうこの景色は見られない。

軽井沢ヴィラ2階からの景色


 この思い出深い囲炉裏も、もう使えない。寂しいのはもちろんだが、家財も含めてそのまま、お譲りすることに。相手の方が喜んでくださっているのがなによりだ。

この囲炉裏ともお別れした


 さらにさらに、最後にお伝えするのは、APLからの退任だ。構想から1年半余。立ち上げの役割は果たしたかなというのと、出版事業が忙しくなったこともある。この6月に「大丈夫か 武田薬品」を出版、結構、話題を呼んでいる。

 というわけで、15年1月に「晴れ晴れ家」と別れ、6月に軽井沢ヴィラ、APLと別れた。ずいぶん身の回りがすっきりしたのである。がしかし、野次馬根 性丸出しのこのおじさん、どこでどうまた出没するかわからない。ただ、さすがに「軽井沢便り」はないですね。「そら飛ぶ庭」の企画の庭さんが許してくれる なら、またどこかで執筆させていただきたいと願っている。

 



荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。 日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・イ ンターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。
12年12月から東京都文京区根津で、ベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」を経営。

 
 
 


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