【趣の庭】軽井沢便り
2014.1.14   
Karuizawa Journal

香港、マカオで仕事逃れて遊ぶ

「アジアの時代」を実感


荒井 久  

 真っ赤な皿に盛られた真っ赤な香辛料。これを誰が料理と思うだろうか。中国料理は周囲に赤を使うことが多いから、胃袋も戦闘態勢に突入する。「さあ、食ってやるぞ」という気になる。その真っ赤な皿に真っ赤な唐辛子。よく見ると、中には唐辛子ばかりではなく山椒、胡椒などの実がたっぷり。

鶏肉のスパイス炒め

 どうみても料理には見えない。スパイスの素材そのものと言うべきもの。だがこれが、列記とした中国の北方料理なのだ。寒い長野県佐久市で生まれ育った僕は、その唐辛子系が大好き。果敢に挑んだ。ところが、食べられるのは中に入っている鶏肉の唐揚げ部分だけ。そのほとんどを残すことになる。残りはテイクアウトしたかったが、ここはマカオ、ままならない。

食べ終わった後の鶏肉のスパイス炒め

 「いったい荒井さんは真面目なのか不真面目なのか。遊び人なのか物凄い勉強家なのか」「レストラン晴れ晴れ家を始めたからと言って、去年の夏はイタリア料理の勉強とか言ってイタリアに飛び、美味しいものをたくさん食べていたでしょ。どうも怪しい。本当は遊び人じゃないの」
 僕のメルマガを読んでいるという方が先日、晴れ晴れ家に見えて、そう話しかけてきた。あはは、ですよね。「バレバレですね。その通り。実は遊び人なんです。でも仕事も遊んじゃっているんですよ。好奇心旺盛ですから」。そう答えた。

香港へ、成田を飛び立ち千葉県上空

 そんな会話をしたことから、今回の軽井沢便りはズバリ「香港、マカオで仕事逃れて遊ぶ」と白状することに。香港、マカオだと、さすがに仕事にかこつけるには辛かった。だがしかし、仕事にも結び付けるのが僕の性分。最初に紹介した鶏肉のスパイス炒めは夢にも何度か登場。夢の中で僕は、晴れ晴れ家のスパイシーカレーにこの感激を取り入れることに。それがリアルに色まで付いている夢だった。目が覚めても僕は、自分の作るスパイシーカレーを考えていた。今思うに、あれは夢だったかどうかよくわからない。

44階の見晴らしのいいお部屋だった


  今回の「遊びの旅」は香港、マカオ。12月28日朝に成田発。昼過ぎには香港に到着。久しぶりの香港。その変貌ぶりに驚いた。香港は2泊だったが、ジ・アッパーハウスというホテルだった。マリオットホテルの上階にあった高級レジデンスが1年前にジ・アッパーハウスという高級ホテルに変貌したのだという。各部屋の大きさは70へーべー以上という豊かさ。半年前に予約したのに12月28日、29日の2泊しか予約できなかった。それほど人気なのだそうだ。

風呂場の解放感が良かった

目の前には有名ホテルのシャングリラ、コンラッドが


 僕らの部屋は44階。オープンな感じの大きなガラスの角の風呂場も素敵だった。目の前は右にシャングリラ、左にコンラッド。目の前のホテルの部屋も見られないから、こちらも見られないだろうと風呂を楽しむ。たぶん、マジックミラーということに。

卵の黄身を使わないオムレツ

 翌朝、ホテルの最上階のカフェレストランで朝食。このオムレツに感激した。使っている卵は黄身を除いて白身だけをふわふわに泡立てたもの。それに様々な美味野菜とチーズが包み込まれていた。黄身が入らない理由は何なのか。オムレツではないオムレツ。僕も作ってみようかと思う。

まるでNYマンハッタンのようなビルが林立


 それにしても周辺は凄いビル群。まるでニューヨークはマンハッタンを思わせる。その発展ぶりに目を見張った。やはり、アジアの時代を実感する。この辺のホテルでは、どこでも食事代が高くつく。二日目に下に降り、周辺のビジネスマンの歩く方向に付いていったら庶民的なレストラン街に辿り着いた。

部屋の窓から見えたホリディインの4階プール

  3日目。香港からフェリーでマカオへ。マカオへは2通りの行き先があり、一つはマカオ半島、もう一つはコタイ島。僕らの行き先は後者だった。連れ合いがフェリーの揺れが怖いと主張したものの、ヘリコプターは、一人3万円は掛かる。なんとか説き伏せた。結果はほとんど揺れなくて、ほっとした。コタイセントラルでのホテルはコンラッド。正面から左にホリディイン、右にシェラトンが並んでいた。真ん中のコンラッドに6泊することに。

ブッフェではお刺身、お寿司も

 

大きな大きなローストビーフも


 翌日、早速にホテルにつながるブッフェ「グランドオービット」に出掛ける。ここは朝食、昼食、夕食と毎日、毎食がブッフェ。僕らが行ったのは夕食時、費用は一人4000円ぐらいだった。メニューは多い。それなりに楽しめたが、なぜかこのブッフェは、この一度だけとなった。 

北方館のプル麺。見事な麺作り


  お隣、ベネチアンホテルでは大好きになったお店に巡り会う。それが「北方館」だ。カウンターに座った僕らは、絶好の麺作りのパフォーマンスを見ることに。刀削麺という手法と麺を伸ばしながら細くするプル手法。両方、そのパフォーマンスを楽しめた。後者はプル麺で通じた。50年前、僕は東京・秋葉原の「肉の万世」でアルバイトしている時、社員が中国に留学し、このプル麺を会得、帰国して始めた肉の万世のプル麺パフォーマンスが話題になったことを思い出した。

北方館の副経理とのすっかり仲良しに


北方館のスタッフ。右は僕の連れ合い


 実は北方館は、僕らが宿泊したコンラッドのカジノ場内にもあった。なんと僕らはせっかくマカオに行ったのに、初めの3日間はカジノ場に足を踏み入れなかった。僕らの興味は「食とマッサージ」。そればっかりを探し求めていた。

ダンシング・ウオーターは圧巻だった


 僕の昔の経験で言うと、カジノと言えば米ラスベガス。そのラスベガスでは様々なイベント、パフォーマンス、ショウが見ものだった。マカオにもそれを期待していたが、多くのショウは無かった。ただ、お隣のホテル群に併設の会場で開催されていたダンシング・ウオーターは圧巻。見ごたえがあった。体力、肉体美、運動美、ストーリーなど、入場料約1万円も納得だった。

ホテル街を離れると、
こんなマンションがひしめき合っている


 賑やかなホテル街だけでは満足できない僕らは街に出掛ける。この街中でとっても気にいったマッサージ屋さんに巡り会う。オイルマッサージが90分で約4000円。素晴らしいテクニック。結局、最後の3日間はここに通った。

ポルトガル人経営のレストラン。
上階は従業員の宿舎という


 コタイ島とマカオ半島とは3本の橋で結ばれており、バスで簡単に渡れる。マカオ4日目ぐらいに足を延ばした。宿泊しているホテルからは無料シャトルが出ていた。バスを降りてから街をぶらつく。そこで見つけた洒落たレストラン。聞けばポルトガル人経営のレストランなのだという。その女性マネージャーが、日本語が得意で驚いた。しかも独学なのだという。

ムール貝のガーリック焼き


青菜のウスターソース味


これがなんと鳩の丸ごと唐揚げ


 その女性マネージャーのお勧めに沿って、いくつか注文した。ムール貝のガーリック焼き、青菜のウスターソース味、鳩の丸ごと唐揚げ、干しイワシの塩焼きなどなど。鳩だけは、今一つだったかも。

南方小厨のエントランス


 「北方」もあれば「南方」もある。これもカジノに併設されていた。サウザン・キッチン「南方小厨」。小厨とはいえ立派なエントランス。凄いハーブ、スパイスが並んでいた。

「南方小厨」の餃子


「南方小厨」の海老の小龍包


これが「南方小厨」の餃子や海老の小龍包。結構いけた。中国料理は深いですね。というか、スパイス好きの僕にとっては嬉しい限り。


マカオタワーから見た下界。空気はきれいではない


マカオタワー60階のレストラン


 マカオ半島にはマカオタワーが目立つ。調べてみると、その60階で空中レストランがあるという。しかも、1時間半で一回りするというので予約。兼空中散歩みたいな食事を楽しんだ。メニューも多かったが、結局、マトンカレーが最も美味しかった。
 そのほか、いくつかのレストランを楽しんだ。最後の方で印象的だったのは、ベネチアンホテルにあった米シカゴ発祥のステーキハウス「モートンズ」。有名処はパンからして美味い。お勧めにしたがってボーンレスのプレミアムリブ、650グラム。これを二人でぺろりと平らげた。ふう、満足。晴れ晴れ家でもこの頃ステーキをお出ししているので、大変参考になった。

 あ、そうそう。あれはどうだったのと思われるに違いない。そう、カジノ。最後の2日ほど、試みたが、結果的には成果はなし。大負けもなければ大勝もなし。やっぱり、異常な雰囲気だし、今一つ、ついていけなかった。東京でのカジノ開設はどうだろう。やや懐疑的になった。遊びに生産的ってないのは当たり前だけど、ややむなしい気持ちになる。一方で僕は、人は遊ぶために生まれていたというのが信念なのですが。

「すしざんまい」湯島店店長の川崎さんと


この日に落札した大間のマグロにありつく


 1月5日、成田に戻って自宅の千駄木まではわずかに1時間足らず。ちょうどすぐにスカイライナーがあったからだ。それにしても成田から西日暮里まで36分とは近い。その足で向かったのが「すしざんまい湯島店」。ここには同店六本木俳優座前店の副店長だった川崎さんが店長をしている。この日のニュースで、すしざんまい社長が大間のマグロを今年も競り落としたと伝えられていた。それにしても、競り落とされたこの日に、そのマグロをいただけるとは。

やっぱり、ニッポン、万歳。



荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。
12年12月から東京都文京区根津で、ベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」を経営。

 
 
 


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