【趣の庭】軽井沢便り
2013.10.15    
Karuizawa Journal

我を忘れて神輿を担ぐ

根津神社例大祭に氏子祭

荒井 久  

  人はなぜ祭りに興じるのか。そしてそれを見入る僕は、なぜ涙が出てしまうのだろう。今年は伝統の根津神社の例大祭で貴重な経験をさせていただいた。「今年は荒井さんもお祭りに参加しませんか。役どころは御神酒所で」と地元千駄木の有力者。僕の店「晴れ晴れ家」に来て誘ってくださった。僕は何もわからないままに「はい、よろしくお願いいたします」とお返事したのだった。

千駄木2丁目東町会の山車・太鼓が行く

  はて、御神酒所とは、たくさんの御神酒を守っているところなのか。そこでお酒でもお飲んでいればいいのか。そんなことしか頭に浮かばなかった。実はそれがお祭りの本部機構だったとは、すぐに知ることになる。

山車に続く神輿「大若」

 今年の根津神社例大祭は9月21日と22日。少し調べてみると、とんでもない伝統の儀式だった。僕は自分の町会、千駄木2丁目東町会の松田功町会長(この町会の例祭委員長)にもお話を伺い、僕が記者をしている「上野経済新聞」にも書いた。
http://ueno.keizai.biz/headline/1401/

「大若」神輿に続く子供神輿「小若」

 根津神社は約1900年前に、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古い神社。1706年に完成した権現造りの本殿、幣殿、拝殿、唐門、西門、透塀、楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。六代将軍徳川家宣は幕制で根津神社の祭礼を定め、正徳4年江戸全町より山車を出し、壮大な祭礼を執行したのだという。同じ格式による山王祭、神田祭とあわせ、江戸の三大祭と言われる。

僕も「大若」の仲間に入れてもらった

 この根津神社の例大祭に合わせて、近隣の氏子に相当する各町会がそれぞれの祭りに興じる。根津神社の東側だけでも弥生1丁目、宮本町、八重垣町、片町と並ぶ。僕が住む千駄木2丁目は根津神社の北側に位置し東町会、西町会に分かれる。千駄木2丁目は東西二つの町会があるため、年によって交代で神輿を出す。今年は東町会の当番で神輿を出し、東西の連合部隊が神輿を担ぐ。鹿児島県に住む友人「鴻池貴光」氏が神輿に現れたから驚いた。しかも頭に「西千」と剃りを入れていた。聞けば、かつて千駄木2丁目西町会に14年間住んでいたという。鹿児島県から根津神社大祭に駆けつけたのだった。彼の後輩は頭に「祭」を剃り込んだ。神輿を担ぐのは「大若」という役割の皆さんだが、当日は僕も神輿を担ぐ一員に入れてもらった。掛け声に合わせ、我を忘れて担いだ。

頭にそれぞれ「西千」「祭」を剃り込み

 さて、お祭り前日の9月20日午前8時。お祭り準備で根津神社の氏子神輿庫前に集合する。すでにお祭り気分の僕は、お祭りのハッピを着て馳せ参じたのだった。みんなはと言えば、作業着に軍手。作業姿で集まったのだった。穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。

祭の前日8時に祭道具の庫出し

 氏子神輿用の庫はかつて、神社東側にあったのだが、写真で見れるかどうか、かなり東側に傾いた。千代田線建設の後に傾いたのだという。お蔭で雨漏りすることに。神輿などの修理を余儀なくされたという。

以前の氏子神輿庫は傾いて使用不能に


 こちらは根津神社北側の駐車場の両サイドに建設された新しい氏子神輿用の庫だ。神輿の担ぎ棒は長さ6mにも及ぶ。新しい倉なら楽々収容できる。

新築された庫は長さ6mの神輿棒も収納可能


 とにかく祭りと言うのは奉納、寄付のオンパレード。カッコよくお金を出す人々が多い。千駄木2丁目東町会だけでもこれだけの寄付。さらに本部機構の御神酒所にも奉納酒や奉納金が届き、その脇にそのお名前が張り出される。

千駄木2丁目東町会だけでもこれだけの「寄付」


 御神酒所には大きな2台のテントが張られ、奥のテント内では「接待」が。御神酒所に奉納に来られる方々をご接待する場所なのだ。主として夫達は御神酒所で、その奥様方は接待所で活躍されることが多い。

千駄木2丁目東町会の御神酒所(祭礼本部)


 お祭り当日の朝、御神酒所前では神輿の準備が進んでいた。ここまで運んでくるのは僕たちだが、神輿と担ぎ棒をつなぐのは専門家でないと難しい。通称「頭」だ。

御神酒所前で神輿の準備が進む


 その「頭」が神輿と担ぎ棒をしっかりとつなぐ。そうでないと引っ張り合ったり、押し合ったり、その力に負けてしまう。木槌ひとつでこのようにビシッと締める。

神輿の担ぎ棒の組み立てはプロ「頭」の仕事


これが「頭」の仕事。びしっと締まる


 お囃子も見事なプロ達が参加。朝から晩まで、町内をお祭り気分にさせてくれる。町内会のお仲間も毎週、近くの汐見小学校でお稽古に励んでいるという。

お囃子も、その道のプロが参加


 さてさて、最後のシメはお祭り役員達の打ち上げ。なぜかこれを「鉢洗い」と呼ぶ。意味もなんとなく分かるような気がする。町内会のコミュニケーションはここで最後の盛り上がり。かつてここで文京区議会議員として活躍された鹿倉さんも、マインドは議員当時とまったく変わらない。

祭の鉢洗い(打ち上げ)で乾杯!


元区議会議員の鹿倉さんも町会に尽力





荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。
12年12月から東京都文京区根津で、ベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」を経営。

 
 
 


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