【趣の庭】軽井沢便り
2013.9.10    
Karuizawa Journal

イタリア8泊、駆け足旅行

美味食、美彩食を求めて

荒井 久  

 晴れ晴れ家を始めて早や1年。とりあえず3カ月だけのお手伝いと言って引き受けたのが昨年2012年9月1日だった。僕の和食系で始まったのだが、徐々にワイフのイタリア系に傾きつつある。ただまだ、僕の信州生蕎麦、生ほうとう、ベジタブルカレーと、ワイフのモッチャレラとトマトの生リングイネ、ホウレン草とアンチョビの生リングイネ、ドリアなどは、人気を二分している。

ミラノのドウモ。こんなピーカンの晴れ晴れが続いた

 別に張り合っているわけではないが、ワイフはイタリアに行こうと言い出した。曰く、イタリア料理を本場に行って少しでも勉強したい。夏休みを使っての10日間。最近は店のリニューアルで長期間お休みしたから、店のお休みには慣れている。と言うわけで8月15日から、8月24日まで、ミラノ3泊、フィレンツェ2泊、ローマ3泊という慌ただしいスケジュールを作った。ミラノで予約したホテルはミラノ中央駅と有名なドウモの中間点に位置していて、毎日のようにドウモ周辺を楽しんだ。夏場は晴れが続くと言うが、旅行中はまさにこんなピーカンが続く。

昔の会社の仲間、松浦真居さん

 ミラノでは、昔の会社の編集部のスタッフだった松浦真居さんと会食する予定で、いくつか美味しい店もご紹介いただくことに。ミラノで彼女はイタリア語学校に勤めながらも、映画ジャーナリストとしても活躍中。最近は夢だった映画パンフレットのカバー解説に署名入りで登場したと報告してくれた。英語、仏語、伊語に堪能で、ご覧の美女。本人曰く、やっぱり日本人の彼を募集中とか。住まいは、中央駅から徒歩5分という至便のアパート。築80年と言う立派なビルで、彼女の部屋はその2階の1室だった。

真居さんのアパートのエントランスで。右はにわかイタリアン

 ミラノでの僕らのホテルは小規模だが5ツ星。それで安心してはいけなかった。明けて二日目の朝のブッフェ朝食で。「もういっぱい、絞りたてのオレンジジュースはいかが」なんて言われて、その後のチェックにサインさせられた。驚いたことに二人で72ユーロ。約1万円だ。フロントに行ったら、その支払いでもめた。マネージャーまで出てきたが、ネット予約の朝食込みを見せたらホテル側も納得さざるを得なかった。取り消して無料(部屋代込み)にしてくれることになった。3日で3万円の高額朝食を払わせられるところだった。これが実は3泊してチェックアウトの際に、この問題が再燃した。ホテル側は1日目だけは有料、残り2日は無料と主張しだしたのだった。すったもんだの挙句、3日間とも無料で決着したが、気分を悪くしたのは言うまでもない。入り口には世界のホテルをリードする優秀ホテルと掲げられている。なんとも悲しいイタリア、イタリア人を見てしまった思いだ。

 ホテル外のレストランでは楽しめた。ドウモ広場周辺で入った、ワイン屋さん経営のリストランテ。やっぱり、イタリア・ワインは旨い。生ハムとサラミは食べきれなかった。しかも安い。最近、晴れ晴れ家でも始めた、ムール貝とアサリのリゾット。もう一つはイタリアの軽食、トマトのブルスケッタ。

ワインショップの片隅でいただくランチ

ムール貝とアサリのリゾット

トマトのブルスケッタ

 ランチには、街中でバールに立ち寄る。別段、有名店ではないが、注文してみた。海老の大きさには負けたが、味、価格では晴れ晴れ家の勝ち、とワイフ。ただ、海老そのものは大きさに比例したように美味しい。手で格闘するように食べねばならない。

赤海老のリングイネ


「赤海老のリングイネ美味しい」とワイフ


 隣に座ったおじいちゃまが、ゆっくりとこう話した。一見、ハッピーそうに見えるけど、イタリアはいっぱいトラブルを抱えていてね。特に南の方はね、みんな働かないし、経済は良くない。それに、マフィアが牛耳っているんだ。そう言って顔を曇らせた。日本はどうだい?と聞かれて、上手く説明できない自分がもどかしかった。

 実は、真居さんとはミラノ3日目に会う予定だったが、北欧から帰る彼女は交通の不具合に巻き込まれて会えず。やむなく待ち合わせのレストランには僕たち二人だけで行ったのだった。良いレストランだった。日本では焼肉店に行くと使うような前掛け。魚介類でもこんな風に使う。なにより可愛い。女性スタッフが楽しげに付けてくれた。そしてオーダーしたのがムール貝とアサリのズッパ、伊勢海老のリングイネ、それに牛肉のカルパッチョ。

女性スタッフが楽しげに前掛けを

ムール貝とアサリのズッパ


伊勢海老のリングイネ

 ただ、海老パスタは海老をロブスターにまでにする必要がないことも判明した。ズッパは抜群だが、カルパッチョはいまいちかな。それでもこの店、結構な人気店で混雑していた。もう一つ驚いた。ワインはボトルしか置いていない。グラスワインはなし。イタリア人はそんなに飲むのね。僕はやむなく、わずかしか選べない中からハーフボトルを頼んだ。その後は真居さんに教わった、近くの公園のフリーマーケットへ。予めブログで読んでいたが、真居さんお好みの男性はおおよそ見当がついた。ところで、ズッキーニの花が気になった。美味しいんだそうだが、残念ながら食にはありつけなかった。

駅近くのフリーマーケット。毎週土曜日開催


ズッキーニの花。美味しいんだそう


 明けてミラノを去る日、真居さんとはランチの約束に。元気、元気。良かった。前日と同じレストランを再び訪問した。僕はアサリのリングイネを注文。これがなかなかの絶品だった。その後はジェラートの店にいったり、珈琲を楽しんだり。彼女の自宅や勤務先のイタリア語学校もみせてもらった。

アサリたっぷりのリングイネ


 真居さんに中央駅まで送っていただき、超高速鉄道で一路、フィレンツェへ。予約した2等で十分だった。今度の宿は、高台の山から世界遺産フィレンチェの街を一望できる、サルヴィアティ家の元豪華別荘。僕らはそんな柄ではないが、ちょっとした貴族気分を味わえる。まずは、ウエルカムドリンクのスパークリングワインを大きな庭の中のソファーでいただく。

サルヴィアティ家の元豪華別荘


大きな庭でウエルカムドリンク


 500年前の建造物ながらも、先端のハイテクを施している。ベッドの前にある、大きな半透明な鏡にテレビが映るのもその一つ。部屋全体の電灯のコントロールも無線のリモコンだ。全45室。全室にイケメンアンバサダーがついているという触れ込み。図書室もこんなに立派。部屋の前もまるで美術館の佇まい。さぞかし、補修が大変だろうと想像する。

立派な図書室には素晴らしい図書が


正面突き当りの左に僕らの部屋があった


 プールは少し離れたところにあった。しばらく泳ぎからは遠ざかったままだったが。美しい大自然の中のプールに誘われて、平泳ぎ。とうとうやりました。こちらから向こうまで。なんだか楽に泳げた、と思ったら。海水パンツから空気が抜けていなくて、それがヘルプしたみたい。それにしても、片道25メートルはあるだろう。そう、ブログしようと思っていた。自信があったので、念のためと思った。指先から指先までの長さで計測してみた。なんとなんと。プールの長さは18メートルだった。なかなか僕の泳ぎは上達しないのだ。

泳げたのは18メートルだった


 悩みも一つあった。毎朝の朝食で多数の地蜂に襲われた。ぶんぶんと食卓を囲まれた。今年は特に多いねえ、とスタッフ。僕は、肉食の地蜂にも別皿で餌を与えることにした。

ベランダで朝食だが、多数の地蜂に襲われた


こんな感じに襲われた。顔のまわりもぶんぶん


地蜂にも餌を与えることに


 フィレンチェは現在22℃と出ているが、山の上のここは風もあるし、もっと寒く感じる。珈琲を頼んだら、エスプレッソがきてしまった。あ、でも、砂糖入れたら飲める。巨大なお腹は美味しい料理を想像させてくれる。確かに美味しかったが。ムール貝のズッパは、かなりソルティー。他でもそう感じる。イタリア料理は、大体がしょっぱいことが多い。でも、満面笑みのシェフには、それは言えなかった。このピッツァは美味しかった。

いかにも美味しい料理が作られそう


ピッツァは美味しかった

 今回のイタリアは3カ所も回ってしまい、ややせわしない。最後はローマ。街は怖い。地下鉄に気を付けろ。スリに気を付けろ。などなど。良い噂は聞かないのに、何故みんな来るのか。やはり、素晴らしい過去の遺産があるからだ。何処へ行っても、その遺産に圧倒される。

 フィレンツェからローマへの南下も、前と同じ超高速鉄道。ローマ中央駅に着いてからすぐ近くのホテルまでのタクシーにいきなり洗礼を受ける。タクシー代7ユーロ(ホテルスタッフの話)のところ、25ユーロの請求。乗車時間は5分くらい。わざとホテルの反対側に着けて、車が行き交う車道側での交渉。相手は、再度、荷物を車に積んで行こうというおどし。災難と思えば良いのだろうが、許せない。でも、20ユーロまで下げさせたのは成果というべきか。国民の平均所得は140万円と貧困にあえぐ。でも安くてもなんとかやって行けちゃうのだとか。街ではスリに戦々恐々としながらだから、目付きも悪くなる。昔の遺産だけが頼りのローマ、イタリア。

 ローマも最後になってしまったから、ミシュランに星(1つだけど)を頂いたレストランを探してディナーに。有名映画監督が惚れ込んでいる(どうやら食事しながらの夜景が良い)という触れ込みだった。確かにここでは、別世界が存在していた。味も良いが値段も高い。でもサービスは抜群だった。さあ、間もなく東京に向かい、凄まじく多忙な日々が待っている。実はイタリアに8泊中、6夜は晴れ晴れ家の夢にうなされた。イタリアと晴れ晴れ家が交錯してしまうのだ。

 さて、一緒に写真に収まってくれた紳士。実はタクシードライバーだ。ローマのホテルをチェックアウトしてタクシーを頼んだ。これが偶然なのかどうか。これが普通であれば良いと思うけど。ローマ中央駅(ローマテルミニ)までタクシーで行きたいと言うと、そのあとはどこへと聞かれた。もちろんこちらは警戒する。空港まで電車でと言うと、このままタクシーでと進められた。当然の成り行きだが、30分で行くというし、なんだか信用できた。ではということに。なんと大の日本好きで、家には畳みの部屋もあると言う。到着したとき、メーターは55ユーロを指していたが、市内から空港へは均一料金で48ユーロだと言う。何とも正直に。カードで支払った僕は、手元にあった7ユーロをチップと言って渡した。グラッチェ、グラッチェ。清々しい、ローマとのお別れだった。

イタリアの紳士ドラバーが僕の気分を救ってくれた




荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。
12年12月から東京都文京区根津で、ベジタブルダイニング「晴れ晴れ家」を経営。

 
 
 


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