【趣の庭】軽井沢便り
2013.2.12     
Karuizawa Journal

450メートルから眼下の都心

「東京スカイツリー」初体験

荒井 久  

朝6時50分、自宅の寝室から見る東京スカイツリー

 めったに参加しない東京商工会議所のイベントだが、これには僕も飛びついた。正月早々の「東京スカイツリー・ツアー」。行って見たかったスカイツリーだが、並ぶ気にはなれない。ちょうど上手い具合に商工会議所がツアーを組んでくれた。

雑談する茂木文化シャッター社長(左端)。

 でもさすがに商工会議所。スカイツリー・ツアーだけというわけにもいくまい。文京区西片にある文化シャッター株式会社の社長、茂木哲哉さんを講師(写真左端)に招いての講演会をメインに据えた。文化シャッターが浅草雷門の浅草仲見世商店街、全89店のシャッター壁画に使われた原画「浅草絵巻」をこのほど、台東区に寄贈したというのだ。その文化講演会が仕組まれた。なおさら、参加への気持ちが高まった。

浅草雷門近くには人力車がいっぱい

浅草雷門。この奥に仲見世商店街が連なる。

 このシャッター壁画「浅草絵巻」は、浅草仲見世商店街振興組合が、24年前の平成元年に、東京藝術大学の平山郁夫教授(当時)の研究室と文化シャッター株式会社の協力を得て、共同事業として完成させたもの。高さは2.3メートル、全長400メートルの巨大絵巻だ。

雷門から連なる仲見世商店街。

 今回、その原画所有者の文化シャッターが原画を台東区に寄贈したという。それを記念しての講演だった。原画は縦23センチ、長さ10メートルものが4巻。同研究室の16名の先生方が約5カ月をかけ、「三社祭」から「ほおずき市」、「隅田川の花火」、「金龍の舞」、「白鷺の舞」など浅草の四季、風物、行事などを題材に芸術性豊かな絵巻物として描き上げた。

 この絵巻は現在、雷門近くの浅草文化観光センターに保存・展示され、同時に電子化したデータも披露している。最近の電子技術を駆使したシステムだ。「貴重な財産。実は保管が大変だった。これでほっとした」と茂木社長は笑う。

浅草絵巻、全4巻を電子データで見れる。


 そのセンターの5階から、次の目的地「東京スカイツリー」が見えた。浅草雷門から見る雄姿だ。東京スカイツリーは浅草から東武線で1駅。時間はある。さらば歩こう。その途中に、昔お世話になった焼鳥の「とんぺい」がある。顔を出したら、残念ながらとんぺいの主人は買い物で留守だった。

浅草文化観光センターから見るスカイツリー


 やむなく、そこから再び歩く。8分くらいだろうか。ようやくスカイツリーの足元に着く。なるほど、下から見上げるスカイツリーは巨大。ツアーの仲間と合流。まずは下の展望台へ。運よく10分ほどで上の展望台に行けるという。1000円は掛かるがすぐに僕はチケットを求めた。高さ450メートル。エレベーターは約50秒で。大きいのに速い。静か。スカイツリーは高級エレベーターそのものだ。

下から見上げる東京スカイツリー。巨大だ。


 450メートルの高さからみる眼下の東京都心は素晴らしい。あの辺は友人の住むマンション。あ、あそこがアサヒビール。あそこが両国国技館。そうこういているうちに南西に夕日が沈む。東にはすでに月が見えていた。

上空450メートルから見る夕陽。

 そんなスカイツリー日記をブログに上げたら、長野県佐久市に住む仲間からブログにコメントがあった。
「そのスカイツリーより200メートル高いところに住む私は不思議な感覚に襲われます」
 何かと思った。そういえば僕の出身地、佐久平の標高はおおむね650メートル。首都圏なら天空の地なんですね。


 

荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。

 
 
 


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