【趣の庭】軽井沢便り
2013.1.15     
Karuizawa Journal

「完全自給自足の後藤村を作りたい」

カンボジアで後藤良一氏に会う

荒井 久  

プノンペンで後藤良一さん(右)に会う

 待ち合わせのプノンペン、サンウェイホテルでやっと会えた。何度かカンボジアを訪問後、2年前頃にカンボジアに居着いた後藤良一さん、42歳。極めてお元気の様子。「ここはストレスフリーだから」とにこやかに握手を求めてきた。

 カンボジアへの農業支援、留学生支援でかつて、ネットショップ「採れたて長野」で関わりのある長野県との連携で筆者も一役買おうとしたが、上手く事が運ばなかった。たった2名でも良い。長野県立農業大学にカンボジア国立大学の優秀な学生を送り込みたい。大学学長の要請レターを携えて長野県に交渉を試みたが、上手く事が運ばなかった。

アンコールワット遺跡内で無邪気な子供達

 今回は、そのお詫び行脚でもあった。だからどうしても会いたかった。後藤さんは今、カンボジア政府からの要請で日本企業の誘致に努力している。つい最近までは民主党政権下で内閣府からの顧問の一人として活動していたが、カンボジア関係者との事情から今はフリーという。

アンコール・トムにも足を延ばした

 豊富な労働力の平均賃金が月100米ドル。労働集約型ビジネスに向く。カンボジアへは中国、韓国系企業の進出が活発だが、むしろ日本企業を大歓迎している。7年間は無税という優遇策で誘致に積極的。効を奏して、この頃は大手日本企業の進出が目立ってきたという。

 そのいくつかの企業、個人のコンサルをしながら後藤さんは、この地の環境を最大限に活かす農業に自ら乗り出した。今、1Ha(100m×100m)のゴム園を経営する。20人の従業員で賄っているが、まだ木は小さいものの既に黒字化を達成している。今後はゴムの木が大きくなると共に収益も膨らむから楽しみと言う。近くに日本人オーナーの20Haものゴム園の管理を任されているので、立地的に便利。さらに従業員が畑の一角に果物や淡水魚などを育ててくれている。

 そう言えば、多くの日本のIT企業が次は農業の時代と見据えてカンボジアに進出して来ているという。農業に始まった産業の循環は再び農業に戻っているようだ。

 僕の宿泊地、アンコールワット遺跡の観光地であるシェムリアップから首都プノンペンに向かう途中は延々と、延々と牛のいる田畑が続く。人間はこれで充分に自給自足できる。そう思わせてくれる。「必ず食料危機は来る。僕は、完全自給自足の後藤村を作りたいんです」と後藤さん。

 僕がハノイ経由でシェムリアップに到着したのが12月28日の夕方。直ぐにプノンペンへのエアチケットを求めたが満席だった。年末年始のためだ。バスはあるが片道8時間の旅になる。やむなく宿泊先のホテルでタクシーをチャーターしてもらい、30日に日帰り強行軍の予定をたてた。なるべく走行時間を短くしたいと考えたが、それはとんでもない事だった。

往路中間点で15分休憩

 朝7時にホテル発。途中1回だけのトイレ休憩だけで後藤さんと待ち合わせのホテルに到着したのは、お昼の12時半。飛ばすドライバーに「セイフティドライブを」と懇願したほど。予定通りの到着は奇跡的と思われた。

 後藤さんは川縁の素晴らしいレストランに案内していただいた。ザ・ブルー・パンプキン。若者向け外国人に人気という。そこでの2時間のおしゃべりは楽しくもあり、極めて勉強にもなった。いろいろと大変だろうが、後藤さんの生活振りは、羨ましいの一言に尽きる。因みに、後藤さんの生活振りは自身のブログで紹介、海外ブログの第1位の人気ブログに輝いたという。

 さて問題は帰りだ。来た時の悪路を考えると夜道は怖い。4時の出発予定を3時に繰り上げて今度は一路シェムリアップへ。まるで悪路のカーレースさながら、手に汗握りながら5時間。時に時速60マイルのスピードで自転車、バイク、トラックを追い越して行く。ライトを上げっぱなしにして走ってくる対向車。すれ違う毎に命拾いの気分。後ろからの車もライトを上げっぱなし。ドライバーはバックミラーを見えなくした。

豚を運ぶバイクを追い越す


  帰りはノンストップ。トイレ休憩なし。途中、ドライバーが運転しながら水を飲んだ。そんなことにホッとし、安全が増したと感じる。一時も早く着きたいから「休憩」のお願いはしたくない。ドライバーもそれを察している。

 途中、僕は、今年の僕を振り返った。小さな出版社を続けながら、ネットショップ「採れたて長野」を継続、その流れで9月からレストラン「ベジタブルダイニング晴れ晴れ家」を引き継いだ。

石川さん亡き後の初の晴れ晴れ句会


 それらを繋いだのは農業だ。僕のソリックから、高原レタスで豊かになった川上村の藤原忠彦村長の本「平均年収2500万円の農村」を出版。そのレタスをネットで買えるように始めたのがネットショップ「採れたて長野」。

 そして今度は文京区根津で、ベジタブルダイニング晴れ晴れ家を経営していた俳人の石川鐵男さんに出会う。そこで9月から経営を引き継ぐ運命に。採れたて長野の名品を味わってもらっている。とりわけ、いろは堂のおやきが人気だ。それにしても9月からの4カ月間。朝から晩まで超多忙。体重は5月から比較するとなんと6.5キロ減に。今度の旅行は、そのご褒美だ。実姉が年末年始の晴れ晴れ家をやってくれると、気持ちよく送り出してくれた。連日、馴染み客が売り上げに協力してくれて涙が出ると、姉からのショートメールが届く。馴れない姉を地元さんらが応援してくれている。

晴れ晴れ家は鍋料理が好評に


年末年始の晴れ晴れ家は実姉の章子さんにお任せ


 シェムリアップのホテル、ヴィクトリア・アンコール・リゾート&スパに着いたら満室とかで、5日間も同料金でスイートルームに格上げとか。連れ合いが大喜びしたのは、言うまでもない。何かの、神様からのご褒美か。

ヴィクトリア・アンコール・リゾート&スパ。5星。


なんと5泊もスイートルームという幸運


 ここ5カ月間、二人とも契約中のスポーツジムにも行けなかった。ここシェムリアップで毎日3時間のクメール・マッサージとオイルマッサージ。あまりの低料金に罪の意識に駆られながらも、スッカリ縮まってしまったゴムのような体を伸ばせてもらっている。許してください。 

シムリアップのホテルで一泳ぎ


 そして今度は、後藤さんの農業に出合う。その魅力にとりつかれて、僕も今度はカンボジア農業に進出か、なんて。でもさすがにそれは無いなあ。それにしても今年、どんな日々が待っているのだろうか。

ニューイヤーイブのパーティー


こう言う時に付き物?豚の丸焼き


シムリアップの1013年初日の出


 後藤さん42歳、これからの人。確かに。僕は67歳、これからの人。それは無いか。


荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。

 
 
 


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