【趣の庭】軽井沢便り
2011.3.8     
Karuizawa Journal

旧鬼無里村が引き継ぐ奥深さが「おやき」に

千年前の「鬼無里伝説」、「紅葉伝説」

荒井 久  


   長野市の市街地から、旧戸隠村の南を白馬村まで走る国道406号線。ときに道幅は狭く、急勾配で急カーブの連続する峠道だ。この区間のちょうど真ん中辺に旧鬼無里村の中心地がある。「鬼無里」、キナサと読む。なんとも不思議な地名だと思われるに違いない。

   かつては長野県上水内郡鬼無里村だったが、2005年1月1日付けで新・長野市に編入された。村は東西約12キロ、南北約31キロ、標高は649メートルから2044メートル。渓谷と盆地を併せ持つ村で山林が村の85%を占める。人口は約2400人だった。そんな村も6年前に「長野市鬼無里」となる。

   ネットショップ「採れたて長野」では、この旧鬼無里村にある「いろは堂」の「おやき」を売っている。その社長を紹介してくれたのは、東京などで力のあるカフェを何店も経営する友人からだった。「カフェ経営者がおやきに興味?」と不思議だった。「とにかく旨いから」という。

   そんなわけで、僕が長野市街地から国道406号線を上り、鬼無里に向かったのは2009年9月のことだ。そこで、粋を感じる佇まい、工場で伊藤社長、奥様に出会う。なによりここで初めて、「おやきでないおやき」に感動することになる。

   長野県佐久市出身の僕は子供の頃、よくおやきを食べさせられた。残り物の具材を小麦粉の皮で包み、素朴に焼いたものだった。とてつもなく美味しいという記憶はない。だが、そんなおやきは長野県全域に広がっていたはずで、信州・長野のひとつの食文化になっていたことは確かだ。

   ところがこの、鬼無里の、いろは堂の「おやき」の味は、なぜこんなに美味しいのかと不思議に思った。山間を降りる帰りの途中、連絡を取りたかった有名な観光地、小布施町の小布施堂の市村社長と連絡が取れた。「ああ、あれはおやきというより、高級なパンなんだ。生地がぜんぜん違うし製法も違うんだよ」。そう教えてくれた市村社長。

   再び僕は、少し前に聞いた、いろは堂の伊藤社長の弁を思い出す。「生地は厳選された小麦粉とそば粉。これも厳選され処理された具材を入れていったん油で揚げてから焼いているんです。ここに至るまでには先代、特に先代の奥さんが永年掛けて開発してきたんです」。先代の奥さんとは、現・伊藤社長の奥様の母上だ。おやきの美味追求に命を掛けてきた。

   僕は、並々ならぬおやきの美味追求と、この地、鬼無里の名前の持つ不思議に、何か関係があるのだろうかと興味を持つ。鬼無里って、鬼のいない里なんだろうか。ということは、元々は鬼がいたのだろうか。

   調べてみると、ウィキペディアで「鬼無里村紹介」の紅葉伝説に出会う。信州戸隠、鬼無里に伝わる鬼女にまつわる伝説で、紅葉はその女主人公の名前だという。1000年以上前のことだ。会津出身の紅葉が両親と共に京に上り生活するうち、源経基の目に留まり腰元に、そして局になり、経基の子を宿す。ところが経基の御台所(正室)が病に掛かり、それを紅葉が原因とされる。その結果、紅葉は信州戸隠に追放されたのだった。

   この地に辿り着いた紅葉は、生れた息子を経若丸と名付けた。村人も応援して各所に京に因む地名を付ける。ところが紅葉の京への想いは高まるばかり。京に上るための軍資金集めに、村人に悪さを仕掛ける。この噂は戸隠の鬼女として京にまで伝わる。

   そこで、平維茂が鬼女討伐を命じられて乗り込むも、紅葉の妖術の抵抗に遭う。しかし結局は、平維茂の神剣が紅葉の首を跳ねることになる。そんな伝説が、能「紅葉狩」、歌舞伎「紅葉狩」、神楽「紅葉狩」を、さらに最近では歌謡曲「鬼無里の道」(作詞:佐藤順英、作曲・歌:西島三重子)を生んだ。

   「紅葉伝説考」によれば、この紅葉伝説のほかに、鬼無里に伝わる別の鬼伝説も紹介されている。もともと鬼無里は「まつろわぬ民の地」であったという説だ。「まつろわぬ」とは従わないということ。その民は「鬼」と呼ばれた。時の天武天皇が信濃に遷都する計画で選ばれたのがこの地だったという。ところがこの地の鬼たちが反対したため、蝦夷征伐で名高い阿倍比羅夫(あべのひらふ)を派遣して鬼征伐をしたのだという。もともとこの地は「水無瀬」と呼ばれていたが、それ以来「鬼無里」と名前が変わったのだという。

   旧鬼無里村のホームページにも、鬼無里の歴史にもその関連が記されている。毎年秋に開催される鬼女もみじ祭りや、キャンピングカーで放浪の旅という鬼無里関連のブログにも記載があり興味をそそられる。いずれにしても歴史と伝統を引き継ぐ鬼無里が、格別の奥深い何かを引き継いできたことは間違いない。

   そんな伝統が、いろは堂のおやきに影響を与えていると言ったら言い過ぎだろうか。なにやら一途な思いが美味おやきにつながっていると思えてならない。僕は冷凍庫からストックしてあったおやきを取り出した。

   冷凍品として届けられるいろは堂のおやきは、ラップしないで電子レンジ(できれば冷凍庫から冷蔵庫に移して解凍、その後にレンジで温める)で温めた後にトースターで軽く2分か3分焼くの美味しい食べ方だ。なぜかこのところ人気が出てきたので、好きなものを1個単位で買えるように工夫した。

   今度は僕も、いろは堂のおやきをほおばりながら、鬼無里界隈の伝説の跡を訪ねてみたくなった。


荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。

 
 
 


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