【趣の庭】軽井沢便り
2011.2.8     
Karuizawa Journal

「水を使う者、水を作るべし」

安城市の伝統に救われた根羽村

荒井 久

   ここは長野県の最南端、下伊那郡根羽村。もう、お隣は愛知県豊田市。村域の92%が山林で、455世帯、人口1,137人の過疎の村だ。高齢化も進み、毎年約20人が亡くなる一方で、出生は2009年度が4人、2010年度は5人の見込み。やはり、徐々に人口減の状況にある。

   この根羽村の村長を5期、20年も務めているのが小木曽亮弌さん。長野県の最東端、南佐久郡川上村の藤原忠彦村長(現在、全国町村会長も兼務)の紹介で初めてお会いしたのは、もう2年も前のことだ。以来僕は、何度か根羽村を訪ねることになり、この村、この村長が大好きになってしまった。村内の山から望む南アルプス連邦はことに美しい。

   今では、ネットショップの「採れたて長野」で、村内で飼育される乳牛による牛乳、ヨーグルト、アイスクリームなどを村内の「ネバーランド」を通じて販売させていただいている。

   これまた寒村だった川上村をなんとかしようと、藤原村長は遠く長野市の長野県庁に足げく出向く。村長は県でも一目置かれる存在になっていた。ある時、藤原村長は、尊敬する県の担当官に聞く。

「僕みたいに、よく相談にやってくる村長は別にもいますか」
「ああ、いるいる。今度、同じ日に出くわしたら紹介するよ」

   そんな会話があって、かなり時が過ぎていたが、その時はやってきた。紹介されたのは、根羽村の小木曽亮弌村長だった。北信にある長野市の県庁には最も遠いのが根羽村だ。朝4時に起床してやってくる。

   そんな心意気に感じ入ったのは言うまでもない。それ以来、二人は意気投合、何かと相談し合う中になる。少しばかり年下の小木曽亮弌村長は藤原忠彦村長を「兄貴」と親う。

   就任以来、早くも20年目を迎える小木曽亮弌村長。苦労の連続だった。年間雨量の多い根羽村は「根羽杉」が有名だ。その象徴が村の中心部に残る樹齢1800年を超える大杉。長野県下で最も古木に認定されている。

   かつては国の政策で植林をして、それが育ち、豊かだった。明治時代に時の村長の英断で、すべての村民に平等に1戸当たり5.5ヘクタールの山林を全村民の所有に分けた。だから、全てがその恵みを受けてきた。

   ところが、1964年の木材自由化のあおりを受けて、次第に安い外材に押されていく。村にあった7つの製材場は次々に廃業に追い込まれた。最後の1社が廃業すると言った時、小木曽村長は悩みぬいた後に村による買収に動く。その時、議会の大反対に遭う。「そんな借金、赤字を背負ってどうするつもりか」と。

   「この村は林業しかない村。それを捨てたらどうなるのか。ここは頑張るしかない」。小木曽村長は身を挺して押し切った。

   この時、近代的な製材設備と木材乾燥施設を新設した。同時に、第三セクターで株式会社ネバーランド(小木曽亮弌社長)を設立、総合施設のネバーランドを1996年7月にオープンさせた。県や国の協力を得た成果だった。いすれも、見事に黒字運営に漕ぎ着けた。

   名古屋市周辺で「空気のきれいな田舎で働こう」キャンペーンを実施。有能な若者たちが、製材業やレストランや乳製品の工場にと参加してくれた。根羽村という大自然の中で「働きたい」と言ってくれたのだった。このIターンが成功を支えた。

   昔は林業で潤っていた根羽村。国の費用で植林と管理し、30数年後から売上げを国と村で折半するという官行造林は1922年に始まり、1950年まで続く。その伐採が始まったのが1957年で、1994年まで続く予定だった。

   その最終期の伐採の時がやってきた時、小木曽亮弌村長は大いに悩むことになる。この事業の記念としても、根羽杉の美林を守るためにも、最後のこの部分だけは残せないものか。そんな想いは募るばかりだ。

   やはり、なんとか約束を延ばしてくれないものか。あるいは「約束」を撤回してくれないものか。国にも売上が入らないが、村にだって売上が入らないのは同じこと。そんな小木曽村長の申し入れにも、国は「約束」を盾に首を縦に振らない。小木曽村長は国から大きな非難を浴び続けた。

   いったい、その売上はいくらなのか。調べてみると、国へ収める金額は推定1億5000万円だった。お金さえあれば、なんとかなるのか。八方塞の状況で、手を差し伸べてくれたのが、愛知県安城市だった。同時に国にも費用を捻出することで了解を取り付けた。

   根羽村を水源とする矢作川は、岐阜県を経て、愛知県安城市に流れ込む。ここで、日本のデンマークと言われる豊かな農村を支えている。遠い昔から「水を使う者、水を作るべし」という崇高な考えを掲げてきた安城市。明治時代から森林整備に協力をいただいていた。

   安城市の決断で1991年、「森林整備協定」に基く、全国第1号の契約を結ぶ。いわゆる上下水流の協力関係だ。国と戦って一部の伐採を止める事に、安城市が1億5000万円を捻出してくれたのだった。

   翌年、不思議なことに、今度は国から大きく評価される。1992年、時の宮澤喜一首相から総理大臣表彰を受けた。緑化推進運動功労団体としての受賞。小木曽村長の感覚、努力は間違っていなかった。

   2004年1月、小木曽村長の根羽村「ネバーギブアップ宣言」が村民の心に響いた。この1月に成人式を迎えた若者たちが、木製の「ネバーギブアップ」を作り、ネバーランドのイベント会場に立て掛けた。

   環境問題、森林問題、水源確保が叫ばれる昨今、大いに評価を上げた愛知県安城市。しかも今は、水源確保ばかりではなく、根羽村安城市のふる里として、多くの家族、子供たちが森や川を楽しみにやってくる。救われたのは根羽村ではなく、安城市なのかも知れない。

荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.rakuten.co.jp/toretatenagano/ )を経営している。

 
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.