【趣の庭】軽井沢便り
2010.11.1     
Karuizawa Journal

紅葉真っ盛りの女神湖で

中卒後50年のクラス会


荒井 久

標高1450mの女神湖。
軽井沢町と同じ長野県北佐久郡(立科町)だが、軽井沢からは車で1時間半ほど掛かる。

軽井沢町よりも標高が500mも高いためだろう。
10月23日のこの日。
女神湖は、すでに紅葉は真っ盛り。
静かな湖面に紅葉が写されていた

湖畔には白樺、紅葉が映える

なんとも美しく赤らむ

モミジの葉に混ざって木々の枯葉も美しく彩られていた

ドングリの木の下ではご覧の通りの実がたくさん

ここで3年連続、中学のクラス会を開催している。
昨年は中卒後、初めて参加したT君が今年7月に急逝した。
だからね。
1年に一度は集まろうよ。
今年はそんな気分が誰にもあった。
なんと女性11名、男性7名の18名が集まった。

地元の仲間がすぐに周辺でキノコを採取してきた

すぐに酒盛りが始まる一方で。
地元の仲間はすぐにキノコ採りに出かけた。
宿泊先の周辺を回っただけで結構な成果だった。

キノコの茹で方にも理論があった。味は様々、新しい味を知った

丁寧にアクを取り除きながら茹でた。
醤油なしで味見。
こんなにもキノコの世界は広いものかと驚く。

女性11名、男性7名が参加した

H君が持参した当時の写真を見たら、クラスは51名もいたのだった。
誰にも事情があり、ワケもある。
参加してみれば楽しいのだが。
その一歩が踏み出せない仲間もいる。

「私を東京に置いて、どうしてそんなところに行かなくちゃならないの」
そう、奥さんに叱責された仲間もいたそうな。
「僕が千葉から車で送り届けてあげる」
そう言って送ってきてくれた旦那さんもいた。
そんな幸せな彼女は20年振りの参加だった。

ファーストネームで語れるのがいい

連れ合いに先立たれた仲間もいれば。
やむなく離婚した仲間もいる。
言ってみれば誰もがワケありだ。
宿泊先の夕食の前に後に。
話は弾んだ。

心は中学時代に。話は弾む

こんな集まりが出来るのも恩師のお陰。
今では許されないであろう暴力をも辞さない熱血教師だった。

1958年4月1日。
入学式で新任教師が登壇され。
「神津梧郎先生!」
その紹介に生徒達はどっと湧いた。
あの当時、「ゴロウ」という名前がそんなに可笑しかったのか。

教室に戻ると、その梧郎先生が僕らの担任だった。
「神津梧郎、若干28歳」
黒板にそう書いた。
1年3組。クラスはまとまった。

あれから52年。
同じ教師として中学の校長まで務めたS女史にややいじわるな質問をしてみた。
「どうだろう。神津先生を越えましたか」

「越えたという意味では全員が越えたんじゃなーい」
「でもね。誰もが越えられない部分ってあるわね」
自分のことを全員に置き換え、しかもソツのない答えが即座に返ってきた。
さすがに、優等生らしき返事。
するりと逃げられた。

佐久市志賀の名門、神津一族の広大なお墓

その神津先生が亡くなられてから7年が経つ。
このところ、3年連続でお墓参りをしている。
誰かがタバコに火を付けて載せた。
「やっぱりこれだろう」
ワンカップを捧げる仲間も。
「梧郎ちゃん、喜んでいるよ」
誰かが言った。

帰り際に見つけた佐久の名産物

帰り際、産直で見つけた佐久の名産品。
佐久原産のサンプルーン、それに大粒プルーンのプレジデント。
食用ほおずき、菊芋、唐辛子。
色鮮やかで、思わず手が出た。

荒井 久
1945年、長野県生まれ。1968年、東京電機大学電子工学科を卒業して日本経済新聞社に入社。日経BP社で日経ニューメディア編集長、日経コミュニケーション編集長などを歴任。「コンピュータ・テレフォニー」「ビットバレーの鼓動」「モバイル・インターネットの鼓動」「Web2.0の鼓動」など著書多数。02年、株式会社ソリック(www.soriq.jp)を設立、代表取締役として現在に至る。09年1月、ソリックブックスとして藤原忠彦著「平均年収2500万円の農村」を刊行。08年06月から軽井沢の貸し別荘「軽井沢ヴィラArai」( http://www.karuizawa-villa.com )を、さらに09年6月からは、長野県下の名産物をネットで販売する「採れたて長野」( http://www.toretatenagano.com )を経営している。

 
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.