【趣の庭】釣り三昧
2012.7.10

釣り三昧 Vol.81
Joy of Fishing


植木職人に弟子入りしました


樋口 正博


どう見ても庭木職人なタコの介

■オレって庭師!?

 「あれ、本職っぽいんじゃない」
 自分の作業姿を見て、思わずそう思った。地下足袋をはき、腰には植木バサミ、剪定バサミ、のこぎりを吊るしている。頭には安全帽、そして腰に安全帯。右手には刈り込みバサミ。いっぱしの庭師の格好である。
 そう、タコの介はいま、信州の安曇野市で庭師の養成講座に励んでいるのだ。
 5月から松本のハローワークに通っている。3月に「つり丸」の会社を依願退職してたので、雇用保険の申請のためだ。
 住民票を実家の塩尻市に移したために、タコの介は松本のハロワに通うことになった。家族は東京、タコの介は信州。いよいよ本格的な別居による田舎暮らしが始まった。バラ園の育成にも力が入る。
 ハロワは盛況である。盛況というのはちょっと語弊はあるが、とにかく駐車場は満杯で臨時の駐車場があるほどだ。たくさんの若い人たちが職を探している。窓口も順番待ちで1時間くらいは待つ。
 ハロワにはいろんな研修の募集があった。何気にそのコーナーを眺めていると、こんなパンフレットがあった。「庭木・庭園管理講習」。55歳以上が対象で、講習を通じて特定の業種に関する基礎的な技能を習得し、より有利な条件で就職できることを目的とするとあった。講習料は無料。
 講習の内容は造園に関する座学が2日。そのあと実習が一週間。実習では植木バサミ、刈り込みバサミなどの道具の使い方から剪定実技。竹垣根(四つ目垣)の作り方。冬囲いのやり方などで、全部で10日間の講習である。


最初の座学。大親方のきまじめで巧みな話術にみんな聞き入った

■道具を揃えるのは楽しい

 就職の相談窓口で聞くと、その相談員は定年を過ぎた嘱託のNさんで、とても丁寧に説明してくれた。
「これねぇ、人気の講習なんですよ。書類選考だけどがんばってみて」
 30人の募集だからムリかなと思っていたら、採用の通知が届いた。ラッキーである。
 最初の講習日に分かったのだが、30人募集で54人の応募があり、増員して36人にしたとだという。講師は本職の庭師。安曇野市豊科造園組合が全面的に協力してくれる。
 36人は4班に分かれた。タコの介は4班。実習にはそれぞれの班に庭師の講師がついて指導してくれる。
  最初の座学のあと、実習に使う道具のレクチャーがあった。業者が来て道具の説明と販売をする。格好から入るのが好きなタコの介は、庭師の道具に興味津々だ。
 結局1万5000円近くでハサミやのこぎりなどを揃えた。服装や地下足袋、手袋もあとでホームセンターで揃えた。


長野県水産試験場内のクロマツ。講習生が寄ってたかって剪定中。

■無口な職人先生

   実習場は明科にある長野県水産試験場の場内だった。ここは少年時代からよく行ったところだ。広大なマスの養殖池が点在し、その一角がマス釣り場になっていた。じいちゃんに連れて行ってもらってビンビン引くマスに大騒ぎした。半世紀前そのままに水産試験場はあった。
 ちなみに、この試験場からはいまではブランド魚になっている信州サーモンが誕生している。
 タコの介たち講習生は、その場内の庭木を剪定するのだ。4班はある大きなクロマツが対象だった。
 最初の講師の丸山先生は年配で、根っからの職人気質だった。口数も少ない。まず、クロマツの木の前に自分で三脚の脚立を立てると、トントンと上っていってチョンチョン植木バサミで枝と新芽を切った。そして言った。
「まっ、こんだ具合だいね。やってみ」
「……!」
 講習生は60代が中心で70代の人もいる。タコの介は59歳。ばりばりの若手である。その講習生が顔を見合わせた。
「どうする?」「ま、やってみるか」「自分ちの植木じゃないからね」「失敗したってしょうがないよ、おれら素人だもの」「わからなかったら先生に聞けばいいんだよ」
 とか言い交わしながら、松のまわりにぐるりと脚立やらハシゴを巡らせて、一斉に取り付いたのだ。だが、いざハサミを入れようとして迷う。分からない。
「先生、ここ切っていいですかぁ?」
「ああ」
「この枝、ばっさりいきたいんですが」
「だめ。ここだ…」
 と丸山先生は竹ぼうきをつかんで、柄で切る場所をコンコンと叩いて教えてくれる。
 この職人先生との呼吸に慣れてくると、剪定作業というものはとてつもなく快感であることがわかってきた。どんな枝でも無性に切りたくなる。
 無口な丸山先生も、じつは気のいいおじいちゃんであることがわかった。聞けば丁寧に教えてくれる。聞かないとなにも言わない。職人らしい職人だ。
 こうして、タコの介の植木職人修業は順調に始まったのである。

                                                                                    (つづく)

樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
釣り専門誌の編集長を経てEditor&Writer。へら師にしてフライフィッシャーマン。そしてパラ愛好家。庭、釣り、農、酒を通して社会を見つめている。通称「タコの介」。Twitterのアカウント@takonosuke7
 
 
 


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