【趣の庭】釣り三昧
2012.4.10

釣り三昧 Vol.79
Joy of Fishing


「弥助」交差点


樋口 正博


名物マスターとよきアシスタントのコウさん

■四谷の路地裏にある店

 居酒屋「弥助」はJR四谷駅近く、新宿区三栄町の路地裏にある。細い道が交差する角にあって、カウンターとテーブルがひとつ。10人も入れば満員の小さな店だ。
 道ぎりぎりに店があり、その狭い路地を車も通る。あるとき、タコの介たちがバカ騒ぎをして飲んでいたら、タクシーが突っ込んできて肝を冷やしたことがあった。
 いまではさすがに少なくなったが、ちょっと前までは週に5回は通っていた。つまり、毎日だ。
 店主のAさんは、かつては社員食堂で大量の料理を作っていた団塊世代。いまでは「お客さん、もう来なくていいよなぁ」と、つぶやきながら、中華鍋を振り回している。お客がいなくなると、われわれと一緒に酒が飲めるからだ。
「弥助」の主な収入源は昼の定食。500円という格安料金で、一人5分で客が交代していくという戦場になる。だから、夜の商売はAさんにとってはおまけという感覚があって、儲けは抜きの商売になる。いやになるほど飲んで食べても、料金は2,000円くらい。

■難しかったカワハギの3枚おろし

 「弥助」は「つり丸」が創刊して3年後、いまから8年前にオープンした。その「弥助」に常連客がせっせと通うのには「つり丸」と大きな関係がある。
 Aさんは魚をさばくのが趣味という変わったおやじで、それを聞いて、タコの介やケンは釣果を「弥助」に持っていくようになった。
 それからだ。常連客の目が変わったのは。なにしろ、マルイカ、ヤリイカ、スルメ。マダイにヒラメにカンパチ、ヒラマサ、シマアジ、アカムツと、とんでもない天然の超高級魚が当たり前のように出てくる。常連客のほとんどが食ったことも見たこともない魚ばかりだった。
 Aさんだって、ほとんどさばいたことのない魚たちだ。それをケンとタコの介は少しずつさばき方と料理方法を教えて、いっぱしの魚料理人に仕立て上げたのだ。
 こんなこともあった。カワハギを持っていって「マスター、これで肝和えを作って」と渡した。
 しばらく包丁でなにやらやっていたが、なかなか出来上がってこない。見ると、まな板の上はとんでもないことになっていた。
 カワハギが皮をつけたまま、うすっぺらく3枚におろされていたのだ。大事な肝はぐちゃぐちゃ。
「樋口さん、カワハギってさばくと食うところがなくなっちゃうね」
「……!」
 そこで、タコの介たちは、カワハギという名称の由来から始まって、カワハギの正しいさばき方をコンコンと教えたのだ。
「だって、カワハギなんかさばくの初めてだもの。あははは。なるほどね。やっぱりカワハギだわ。簡単なもんだね」
 知らないことは恥ずかしいことではない。教えてもらうという謙虚さがあれば人生、生きていける。タコの介はそのときしっかりとそう思ったのだ。


常連さんはいつも陽気です

■「弥助」に乾杯!

「『つり丸』通い詰め閉店説」というのがある。われわれが足繁く通うと、なぜかその店がつぶれてしまうというジンクスだ。
 荒木町の「T'z BAR」、ミャンマー人スーさんのエスニック料理屋「ぴょんぴょん」。エーちゃん(矢沢永吉)が大好きな店主の居酒屋「いっけんめ」。ゴキブリがはい回っていた中華料理屋「正華」。つぶれはしなかったが、火事を出して店内に「火の用心」と大書した紙を貼り出して再建したラーメン店「こうや」。みんな哀しい目にあっている。
「T'z BAR」のマスターT君は、ホテルのバーで腕を磨いたバーテンダーだったが、店を畳んで阿佐ヶ谷で「だるま」という小さな焼き鳥屋をはじめた。
 ミャンマー人のスーさんは、われわれはずっと男だと思っていたが、なんと女だったことが判明し、不法滞在で本国送還になってしまった。元「つり丸」編集部員の柳川陽子が大好きで「柳川さん元気? どうしてる」と、いつも聞いてきたから、ぜったいに男だと思っていた。
「いっけんめ」のエーちゃん好きの店主は、ビルが取り壊されていなくなった。「正華」はなんの前触れもなく、突然店がなくなっていた。
「またつぶしちゃったの? 通いすぎだよ」
 店がつぶれると、われわれはこういってため息をつく。いい店を見つけても、「なるべく通わないようにしような」「うんうん」と、うなづきあうのだ。
 それにしても「弥助」のしぶとさはどうだ。あんなに通いつめても、びくともしない。
 と、ちょっと前に書いたけど、「弥助」はどっこい元気だ。今晩も飲んできた。常連の顔ぶれは変わった。亡くなった人もいる。でも、タコの介たちは元気に飲んでいる。そんな「弥助」に乾杯だ。

樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
釣り専門誌の編集長を経てEditor&Writer。へら師にしてフライフィッシャーマン。そしてパラ愛好家。庭、釣り、農、酒を通して社会を見つめている。通称「タコの介」。Twitterのアカウント@takonosuke7
 
 
 


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