【趣の庭】釣り三昧
2012.2.21

釣り三昧 Vol.78
Joy of Fishing


新宿ゴールデン街
「しん亭」のマスター


樋口 正博


東京湾越しに見る富士山。走水沖にて

■釣り好きが集まるバー

 きっとだれかに連れていってもらったのに、だれだったか思い出せない。気がつくと、タコの介は新宿ゴールデン街のバー「しん亭」の常連さんになっていた。
 この店は文人系の人たちには知られた店である。「しん亭」のマスターは恩田さん。二階の「こう路」は恩田さんのお姉さんが経営している。
 恩田さんは五十歳代前半。文京区小石川付近で生まれ育ったという。いま彼が一番熱中しているのは沖釣り。「つり丸」の熱心な読者でもある。
 店には釣り好きも集まっていて、年二回春と秋に「しん亭」主催の釣り会も開いている。釣行の様子はカラー版のタブロイド紙として釣り好きの人たちのあいだに配られている。ここに来るとつい釣りの話になってしまう。
 考えてみると、釣り好きの集まるお店というものをタコの介はもっていなかった。会社近くの居酒屋「弥助」では、釣り師はタコの介だけで、あとは酔っぱらいのサラリーマンのおじさんばかり。
 その日タコの介は「しん亭」に友人の雑誌編集者を初めて連れていった。カウンターだけの店で、彼は常連客と気が合いひとり盛りあがって帰っていった。
 そしていつのまにかお客はタコの介ひとりになった。タコの介はそのときちょっと屈託を抱えていて、焼酎のロックもまったく進まずにいた。

■語る世界を共有できる幸せ

 マスターとふたりきりになった。沈黙の時間がずっとつづいている。タコの介はグラスを見つめたまま黙っている。
「どうした? まったく飲まないけど」
 とうとうマスターが口をきいてくれた。
「うん…」
 そう答えたが、自分でもなぜこんなに気が滅入っているのか説明ができない。うっすらと分かっているのは仕事のことだった。
 するとマスターはタコの介のことはまったく気にせずに、自分の少年時代の釣りを問わず語りで話し始めたのである。
「俺さ、小学校時代によく親父とへらぶな釣りに出かけてたんだよ。場所は印旛沼方面。電車に乗ってね。そのころ、親父はへら釣りに夢中になっていた。休みになると俺を誘い出して行ってたんだ」
 ふーん。そんな幸せな少年時代があったんだ。タコの介は思わずマスターの話を聞く態勢になっていた。で、へらぶな釣りは楽しかったの?
「いや、あんまり興味がなかった。でも、行くのはうれしかったんだ。カツ丼を食わしてくれたから。あのころ、カツ丼なんか食ったことのないごちそうだったからね(笑)」
 マスターの話を聞くともなく聞いていたら、いつのまにか自分のなかの屈託が霧散していた。
「ほら、市ヶ谷駅の前に釣り堀あるだろ。コイを釣らせるところ。あそこもよく行ったんだよ。でも、意外と難しい池だよね、あそこは」
 そうなんだ。タコの介なんかオデコをくらっているよ。なんてことを話しだしていた。
 焼酎のロックは3杯目になり、気がつくと終電間近になっていた。「じゃ、また」とタコの介は「しん亭」を出た。
 そして、歌舞伎町の雑踏をかき分けながら、酔った頭でさっきのことを思い返していた。
 最初のふたりの沈黙。タコの介の訳ありげな屈託。それを忘れさせるようなマスターの少年時代の釣り話。そうか。マスターはタコの介の気持ちを正常に戻そうとしてくれたんだな。
 だから、わざと少年時代の釣りの話をしたんだ。タコの介のような人間にとっては、釣りがとても大きな世界だと分かっているからね。そんな話をされたら、いくら気が滅入っていても、うんうんと聞くじゃないか。
 釣りを語るのもうれしいが、それを語って共有してくれる相手というものは、もっと大切な存在だとタコの介は気がついたのだ。

樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
釣り専門誌の編集長を経てEditor&Writer。へら師にしてフライフィッシャーマン。そしてパラ愛好家。庭、釣り、農、酒を通して社会を見つめている。通称「タコの介」。Twitterのアカウント@takonosuke7
 
 
 


トップページ会社紹介著作権についてお問い合せ
Copyright (c) Flying Garden Rights Reserved.