【趣の庭】釣り三昧
2011.3.30

釣り三昧 Vol.68
Joy of Fishing


山中湖、脱出大作戦!!


樋口 正博

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青天のなか、富士山をバックにワカサギ釣りがはじまった

■みんな雪のなか

 3月最初の日曜日、「つり丸」で連載している椎名誠の「わしらは怪しい雑魚釣り隊」は、富士五湖のひとつ山中湖に出撃した。
 あろうことか、沖釣り雑誌なのに、湖でワカサギ釣りをしようということになったのだ。当日はポカポカ陽気のうえ青天。絶好のワカサギ釣り日和のなか、椎名隊長ほか隊員たちはワシワシとワカサギを釣った。
 そして、宿にした貸別荘でワカサギの唐揚げ、かき揚げなどにして全員が酩酊して寝たのだった。
 翌日は月曜日。仕事が待っているので、早朝から撤収。
「おー、すげーなー。クルマ動くかなー」
 タコの介は先発隊の椎名隊長の声を布団のなかで聞いた。「…?」
 窓の外を見ると大雪だ。すでに20センチ以上も積もっている。とっさにタコの介は自分のクルマに向かって走った。タコの介のクルマは「スカイラインクーペ」という、雪にはからきし弱いクルマだ。もちろんノーマルタイヤ。
 案の定、後輪はスリップするだけでまったく動かない。隊員たちが集まって積んでいたゴム製のチェーンを着けようとしたが装着方法が分からない。保険のロードサービスJAFもまったくアテにならない。
 JAFなんか「ま、行くまで5時間は見て下さい。なにしろ雪で…」と、まったくお手上げだ。

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出船前に、ボート店のおやじから
ワカサギ釣りのやり方をレクチャーされる。
中央が椎名誠

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ワカサギは順調に釣れ続いた


■そのとき知った「東北関東大震災」

 タコの介は決断した。「クルマを乗り捨てて帰ろう」と。帰りは雪に抜群に強いワルコンのJeepで会社に直行したのだった。
 さて、その後のタコの介号はどうなったか。シーズンオフで人気のない寂しい別荘地帯に取り残されたタコの介号。タコの介は日々仕事をしながら、可哀想な愛車を思いやった。
 再会したのは4日後の3月11日。
 クルマのレスキューに慣れた友人のクルマで山中湖へ出かけた。平日で、中央道、富士五湖道路は空いていて順調に別荘にたどりついた。
 クルマは無事にタコの介を待っていたのだ。で、練習にとタイヤチェーンの装着を試みたのだが、やっぱりうまくできない。どうもサイズが小さいようだ。
「ムダな抵抗はやめよう。途中のオートバックスに寄ってチェーンを確認しよう」
 ということで走り出した。走っていると、なんかおかしい。信号が止まっている。パトカーや救急車がやたら走り回っているのだ。
「オートバックス」では店内の照明が消えて、客の大勢が店頭で携帯を使っている。
「あれ? 店やってないの?」
「お客さん、地震ですよ、地震!」
「えっ!」
 こうしてタコの介とレスキュー友だちは、東北関東大震災を初めて知ったのだ。その帰りは上りの中央道が上野原ICから通行止め。
 タコの介は中央道に閉じこめられ、上野原ICまで3キロの距離を5時間かかって通過。そのときには八王子ICまで開通していて、山中湖から自宅まで約7時間で帰還した。
 こんな7時間など、被災者のことを考えると屁でもない。
 いま、「つり丸」編集部員は宮城、福島、茨城の被災した船宿の安否確認に没頭している。船長は全員無事だったが、船の損傷、家族に犠牲者がでるなど、時間がたつにつれてその悲惨な状況が浮かび上がってきている。
「つり丸」の4月15日号はとうとう休刊になってしまった。

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雪に埋もれたタコの介号。
呆然とまな板で雪を取りのぞくタコの介

樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。通称「タコの介」(嵐山光三郎命名)。
 
 
 


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