【趣の庭】釣り三昧
2008.12.22      
タコの介は
「炊き出しのおばさん」
となって

新島のキャンプ番を務めた

樋口 正博

 気がつくと、原生林に囲まれ美しく芝生が敷かれた広大なキャンプ場に、タコの介はたったひとりで取り残されていた。

 前夜に東京湾竹芝桟橋を出港した東海汽船は、早朝に伊豆諸島・新島の前浜港に到着。前もって宅配便で送っておいた大量のキャンプ用品をピックアップして、新島羽伏浦キャンプ場にやってきたのだ。

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原生林に囲まれた美しいキャンプ場。風さえ吹かなければ…

 椎名誠を隊長とする「わしらは怪しい雑魚釣り隊」の面々は、すでにキャンプ生活4年目に突入しているので、各自自分のテントを設営すると、さっさと前浜港に戻って行った。だだっ広い防波堤で釣りをするのだ。

 島というものは、公共事業が唯一の産業なので、いたるところで道路工事が行われている。この立派すぎる羽伏浦キャンプ場も公共事業でできた。しかも、きれいな炊事場、トイレ、シャワー施設、テント場などが完備されていて無料。

 事務所にはおばちゃんがひとり。何くれと世話を焼いてくれた。貧乏な雑魚釣り隊としては嬉しいけど、島の実情を知るとため息が出てしまう。

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新島の雲はぐんぐんとスピードを上げて通り過ぎていく

 というのも、これまで数々のキャンプ場でテントを張ってきたが、大抵はくだらない規則でがんじがらめ。管理人は役人根性丸出しで、よけいなことは一切禁止だった。
 キャンプ場に続く砂浜で発砲スチロールの玉を使った浮き球三角野球を始めると、必ずどでかい音量のスピーカーで「浜で野球はやめてください。規則を守って楽しくキャンプをしましょう」などとがなり立てる。

■タコの介の
 おもちゃテントが生き残った


 もはや「炊き出しのおばさん」と化したタコの介は、だれもいなくなっただだっ広いキャンプ場の炊事場で、いつもハラをすかしている雑魚釣り隊員のために、夕食のカレーを作り始めた。

 炊事のために、わざわざタコの介の住む立川の懇意にしている米屋さんから、鋳物製の重いコンロを2台借りて持ってきた。プロパンガスは島のガソリンスタンドのおじさんを口説いて2本借りてきた。おじさんは、「どういう使い方をするか確認する」といって、キャンプ場までやってきたのだ。

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ヒロシが防波堤で外道中の外道、キタマクラを釣った。
食うと死ぬフグだ

 野菜や米、乾麺などはクーラーに入れて東京から宅配便で送ってある。タコの介はひとり黙々とジャガイモとニンジンの皮をむき、乱切りにしていく。
 雑魚釣り隊のメンバーは12人。夕飯と翌朝の朝飯のために大鍋2つにカレーを作る。朝飯はうどんカレーだ。

 午後3時を過ぎて、夕暮れの気配が漂い始めたとき、突然のように突風が吹き出した。島の風は半端じゃない。原生林に囲まれた芝生のキャンプ場には遮るものがない。立っていられないほどの強風である。

 とたんにコンロのガスが吹き消えた。炊事場の真ん中に移動して火をつけたが、すぐ消えてしまう。

 それよりも、隊員各位が設営したテントが悲惨な状態になっている。あるテントはあっという間にフライシートがまくれて空高く飛んでいった。テントのポールがへし折れて、無惨にも崩壊して、ただのシートの塊となったもの多数。

 タコの介のテントは数千円で買ったやつをもらったものだ。おもちゃのようなテントだ。
「家族でキャンプしようと思って買ったけど、『ええーっ! キャンプー?』って娘たちに言われて、まったく使ってない新品なんだからね」

 と、譲ってくれたおじさんはもったいをつけた。いまはソロ用のテントは充実している。ゴアテックス製で、設営も数分。ウォータープルーフも完璧。しかも軽量コンパクトなのが当たり前。

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炊事場で夕飯が始まった。椎名さんが積極的に食う

 椎名さんや古い隊員たちは、かつて専門のアルピニストに山を教えてもらった体験があるので、数万円以上の本格的ソロテントを持っている。そのテントはさすがに強風のなかでもケナゲに耐えて立っていた。

 タコの介のおもちゃテントはダメだろうな、と振り向くと、なんとポールがグワーンとしなりながらも、しっかりと立っているではないか。半円形のドームテントなのだが、形はグニャグニャと絶えず変化している。

 あとで、タコの介のテントを見た椎名さんが言った。
「タコの介のテントは、もともとグニャグニャでいい加減だから、それがよかった。風に逆らわないからね」

 カレーのいい匂いが漂いはじめた。そこにドレイの天野と竹田が帰ってきた。さっそくコンロの周りに風よけを作って、ガスの火を安定させたのだ。

 続々と帰ってきた雑魚釣り隊員。「ハラ減った!」とひと言叫んで、自分のテントを見て絶句した。姿形がない。あばら屋のようなテントがあちこちに散らばっている。

 それから、みんな一斉に原生林に向かって走ったのだ。フライシートや飛んでいったテント、ポール、荷物を探しに。強風に曲がりに曲がった原生林がカラフルなシートであちこちが彩られていたのだ。
 長いキャンプになりそうだ。計画では2泊3日なのだが…。
(つづく) 


 
樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。通称「タコの介」(嵐山光三郎命名)。
 
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