【趣の庭】釣り三昧
2008.02.04
樋口 正博
 

水から上げてプーッとふくれたトラフグ

 

その小料理屋は京急・青物横丁駅前のビルの2階にある。店名を「さしろ」という。看板には「ふぐ すっぽん 活魚割烹」とある。ドアを開けると、店のおやじ、河原井毅夫さん(62歳)が「いらっしゃい!」と威勢良く迎えてくれる。
 
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魚料理が楽しくて仕方ない河原井さん
 
 

 魚料理が得意な店のおやじというのは2種類ある。黙々ととびきり旨い魚料理を出してくれる人と、なにかとウンチクを語りながら楽しそうに出す人。河原井さんはウンチク派。旨い料理を食いながら、おやじのウンチクと包丁の実演を見ながら飲む酒は最高だ。
  フタをしたふぐのヒレ酒にマッチで火を付けて、口を寄せるようにして飲んだ。そしておやじの問わず語りを聞いたのだ。

 
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手際よく皮を剥ぐ河原井さん
 
 

「俺が自分の店を持ったのは23歳のときだった。都内で店を探した。でも、若造だったので、ほとんど断られてしまったんだよ」
  出身は茨城。中学を出てすぐに、親戚の店で板前の修業が始まった。その店では、おやじを後継者にしようと思っていたらしい。事実、おかみの姪っ子で同い年のみっちゃんとの結婚話が持ち上がっていた。だが、おやじは養子になることだけはいやだった。
  「みっちゃんは可愛かったんだよ。でも、養子だけにはなりたくなかった」
  それから、おやじは爪に火をともすようにしてお金を貯めはじめた。23歳になったら独立するつもりだったのだ。

 
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ふぐ刺し(てっさ)の完成。あー、早く食べたいッ
 
 

 23歳には50万円の資金が貯まった。だが、これでは店は持てない。上の兄貴に50万円を借りて、さらに実家で20万円用足ししてもらって合計120万円。
 この資金で北品川に7坪の店を持った。昭和43年のことだった。店を貸してくれた大家が、おやじの手が赤いのを見て言った。「手があんなに赤いということは、仕事を一生懸命しているってことだ。この子なら大丈夫だよ」
 店の内装も全部自分でやった。だが、客の入りは良くなかった。
「品川というところは漁師町で、よそ者をなかなか受け入れてくれない土地柄だったんだよね。地元の人が店になじんでくれるのに3年かかっちゃった。それまでは赤字」

 開店から3年間は無休。店の奥の3畳間で寝起きをした。そのうち、ある娘さんが店に顔を見せるようになった。翌日仕事がないと、朝まで付き合った。30歳前にその娘さんと結婚。
 「おれはプラトニックなんだ。女は大切にしなくちゃ。悲しませちゃいけないんだ」
と、自分でうなずきながら語るおやじ。
  4月。マダイのシーズンがやってくる。産卵のために浅場に乗り込んでくる。大型のマダイが釣れるチャンスだ。
 この時期のマダイは、オスは白子、メスは真子を腹に持つ。メスの卵である真子は、食通にも知られる珍味だ。だが、オスの白子はあまり注目されなかった。


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 その白子の旨さを知っていたのがおやじだった。白子を揚げ煮にするとこれが旨い。白子など値段があってないようなものだったので、大量に仕入れて店で出したら大好評。それを知った魚市場では、タイの白子の値段が高騰してしまったというエピソードがある。
 おやじは魚をどうしたら旨く食えるかいつも考えている。釣ってきたアジの一番旨い食い方を教えてもらった。
 ・アジのたたきは当日。
 ・焼きや煮付けは翌日。
 だが、釣魚で一番大事なのは、釣ってすぐの締め方に尽きるとおやじはいう。おやじは独特の締め方である「神経締め」を考案した。この締め方をすると、身がいつまでもコリコリと生きているのだ。

 

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眉間に神経締めの針金が刺さる
 

 トラフグで実演して見せてくれた。細い針金を頭部からブスっと刺して、背骨に沿って尻尾まで貫く。すると、くねくねと生きていたトラフグが、ニコッとしてまったく動かなくなった。これが神経締め。
 ついでに、締めたトラフグをさばいてもらった。流れるような手際よさで、あっというまにフグが解体された。
 われわれ釣りは新鮮な魚を手にできるのだが、包丁でおいしさを演出することができない。やはり包丁職人の世界は余人が真似のできない世界なのだ。

 

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 だが、そのまねごとくらいはなんとしてもマスターしたいものだ。職人の技を近くで見るのが大好きなぼくは、いつも唸りながら見てしまう。
 「つり丸」の前編集長の盛川宏さんは昨年9月に亡くなった。料理も得意だった盛川さんは16本の包丁を遺した。その16本が息子の徹さんによって、「さしろ」に持ち込まれた。おやじが包丁を研ぐのだ。
  「仕事が終わった深夜2時。俺は一人で心を込めて包丁を研いだな。すると、目の前に盛川さんが現れてな。『よぉ、もうその包丁は握れんけど、よろしくたのむわ』って言ったんだよ。これ、本当の話」
 心に屈託があって、気晴らしがしたいときには、いつも「さしろ」のおやじを思い出す。おやじの包丁さばきを見ているだけで、スーッと気持ちが軽くなるのだ。


▼「さしろ」рO3(5461)3460
http//www.3460.jp/

 

樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。
 
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