【趣の庭】釣り三昧
2008.1.7
樋口 正博
 
上越の「さとみ丸」で釣ったマダイを贅沢に開く嵐山光三郎さん
 昨晩はぼくの姉と電話で大げんかをした。
「分かったッ!」
 といって、受話器を叩きつけるように切った。まるで安手のドラマのようだ。人間はせっぱ詰まると似たような行動を取るらしい。
 原因は両親の介護問題だった。「そら飛ぶ庭」には、大島一洋さんのすばらしい介護日記「私の介護奮闘記」がある。それにくらべたら、まったく大したことではないのだが、それぞれの家族にはそれぞれの介護事情というのはあって、ややこしいことはややこしいのだ。
 ぼくの両親は田舎の信州で暮らしている。父は84歳で家のなかでは歩行器を使って移動している。単独の外出はできない。頭はしっかりしているが、耳が遠いのでコミュニケーションに難がある。
 母は80歳。やはり歩行器使い。だが、居間からお勝手までの約15mを15分かけて、にじり寄るように伝い歩きをしている。耳はよく聞こえて会話はできるが、直近のことを忘れて会話が中断する。そのまだらボケ具合はジワジワと進行しているのだ。
 ぼくは長男。そして姉、弟の3人兄弟。3人ともに東京暮らし。それぞれに家族がいる。
 
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同じく「さとみ丸」で料理人三野さん(右)とマダイを開く
 
 両親は歩行が精一杯で、生活のほとんどを自分ではできない。幸い、父は動かないだけで自立している。母は朝晩の介護が必要だし、トイレの失敗も頻繁にある。
 さて、そんな両親を兄弟たちはどう介護しているかというと、おもにぼくたち夫婦が東京から交代で通って世話をしている。悦子(妻です)は、特急あずさの回数券を使って、月の3分の2は信州。週に4日は介護生活。週末はぼくが走って行って交代する。
 もちろん、ヘルパーを使ったり、デイサービスも利用している。だが、基本的には2人ですべての介護を行っているのだ。
 負担の多くは悦子にのしかかっていて、こういう生活が2年を超えた。最初は気楽に考えて「今年は野菜を作るぞ」とか、「ガーデニングをやろうか」などと脳天気なことを考えたこともあった。だが、今ではそんなことを考える余裕はまったくなくなった。
 そして、悦子の様子が少しヤバくなってきたのだ。長文のケータイメールには、悩みやうっぷんが満載になってきた。酒も飲み出した。血圧が高くなった。
 非常事態である。で、姉に電話をして大げんかとなった次第だ。解決法はないけど、こんど大島さんに相談してみよう。
 
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超高級魚アカムツを釣って、「つり丸」行きつけの居酒屋「弥助」の常連客にふるまうケン
 
 そんなわけで、ぼくは毎週中央自動車道を走っている。片道約200キロ。車はスバルのレガシーグランドワゴン。平成9年度の車で、すでに走行距離は18万キロを突破して、ただいま絶好調。
 沖釣り雑誌「つり丸」の編集者をしていると、みんな走行距離は多くなる。一般人の年間走行距離は1万キロと言われている中、われわれは2〜3万キロ以上は走る。
 編集部員のなかでは随一の走り屋ケンは、23万キロを乗って、先日とうとう車を替えた。なにしろ、月の半分は船に乗っている。当然いろんな場所に向かって走る。
 夏、太平洋側に台風がくる。軒並み船が出ない。だが、「つり丸」の締め切りは容赦しない。そんなとき、ケンは日本海に向かって走る。新潟・上越の海はまだ台風の影響を受けていないからだ。
 また、よせばいいのに、「つり丸」での好評企画「フィッシング・トライアスロン」というのがまた走りまくる。福島の相馬港でカレイ釣りをしたあと、南下して茨城・鹿島港でメバルと夜スルメイカ。さらに南房でマダイ、東京湾をぐるっと回って、伊豆半島を下田まで走って伊豆諸島に遠征。まだ終わらない。沼津湾で夜タチウオをやったあと、御前崎まで行ってマダイで締めた。
 
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マダイ釣りのあと、檀太郎さんが嵐山さんたちに「檀流クッキング」を披露した
 
 取材日程は4日間。走行距離は軽く2000キロは突破している。これが「つり丸」名物「フィッシング・トライアスロン」。
 ケンはもう一人の若手編集者を誘って、この企画をいつも万全にこなしている。なにしろ、年間250日船に乗るという伝説をもった男だ。漁師でも250日は乗らない。天候のために海に出られない日があらからだ。ケンは走りまくって、天気のいい場所を探して乗るのでこんな日数になってしまう。
 嵐山光三郎さんがいつもいう。
「おい、タコの介。編集部員の交通事故だけは注意しろよ。きみのオンボロ車もちゃんと整備だけはしとけよ。なにしろ、俺が乗るんだからな」
 たしかにそうだ。無茶な運転、睡眠不足の運転は厳禁。ケンは眠くなったらすぐ車を止めて仮眠。できるだけ宿泊施設に泊まって身体を休める。2人で乗って運転を交代する。
 そして、わたしはいまも金曜日の夜、仕事が終わったら中央高速道を郷里に向かって走るのだ。
 
 
樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。
 
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