【趣の庭】釣り三昧
2007.12.10
樋口 正博
 

嵐山さんが「平成の希書」と呼んだ『嵐山光三郎の史上最強の干物』(マガジン・マガジン刊)。今年の12月10日発売。値段は980円ぽっきりであります。

 釣りどころじゃない。
 嵐山本。それも、なんのことか『嵐山光三郎の史上最強の干物』という、前代未聞の奇書を「つり丸」で作っている。ほとんどぼく一人で。
 芭蕉の謎深い行動の追求とか、明治期からの文豪の食い物の固執とか、昔の作家の妻たちの交情話とか、そういった日本文学史探求の泰斗の嵐山さんが、なにを好きこのんで「干物」なんかをやり始めたのか。

 

 嵐山さんはたぶん知らないと思うけど、今時、干物といえば「干物女」くらいか思い浮かばないだろう。各地の名寿司店を巡った嵐山さんが干物なのか。もう干物のように枯れちゃったのか?
 じつはここが嵐山さんたるくせ者のゆえん。直球ではなく変化球。しかも相手の心理をはぐらかせるくせ球の持ち主。嵐山本のあとがきに嵐山さんはこう書く。
「船の上で干すにはさまざまな情話がつきまとう。だが、この歳になって干物本を刊行するとは、思ってもみなかった。それほど、釣って開く干物の味のとりこになった、というのが正直なところである。スポーツフィッシングではなく、釣った魚を食べるところに妙味がある。という次第で、わが干物の旅ははてしなくつづいていく」

 
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嵐山さんは、もう釣りのとりこです。

 
 多くの人は魚の味についての感覚が間違っている。釣りたての新鮮ピチピチが一番最高だと思っている。刺身は釣りたてが一番だと誰もがそう思っているはずだ。「産地直送」「航空便直送」なんて文言で、「ああ、新鮮なんだ。だから刺身がうまいんだ」と思うだろう。
 だが、それはアジやサバなどの青物の話だ。高級魚と呼ばれるマダイやヒラメ、シマアジ、ヤリイカ、アオリイカ、スミイカなどは釣ったその日は旨くない。コリコリとした歯ごたえだけで、本来の甘みがないのだ。だから、これらの魚やイカは2日、3日と寝かす。すると、旨みが全体に広がってもっちりと甘くなる。これはわれわれ沖釣り師なら当たり前のように知っている。
 

 鮮度がいいときからの料理法の順番を言おう。一番が焼き物。二番が煮付け。最後が刺身。たぶん、多くの人は逆に考えているのではないかと思う。新鮮なら刺身。次が煮付け。ちょっと傷んだ魚だから焼いたほうがいい。これは魚本来の旨みを考えると、まったく違うことだ。
 嵐山さんはそういう魚の旨みの世界を「つり丸」で釣りをすることで知った。それは、有名寿司店、料理屋、レストランでは絶対に分からない世界だ。
 なぜなら、有名専門店は鮮魚といえども、海から水揚げされても最低は2、3日後にしか実物を見ることができない。
 それは当然のことで、流通があいだに入るからだ。いくら完全に魚を締めて、水氷で保存してきたとしても、いま釣った魚とは比べものにならない。
 しかも、スーパーの鮮魚売り場を見れば分かるが、東京で見る鮮魚は、長崎のアジとか、常磐のメバル、長崎五島のヤリイカといったように、輸送に時間がかかる地域が多い。なぜ、こういう遠隔地の魚が東京に集まるかというと、定量を一定価格で提供できる地域を優先しているからだ。

 
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 魚は顔を見ているだけでは、産地はまったく分からない。鮮度も判断できない。だが、味はまったく違う。
 そういう魚世界のまか不思議をうすうすながら感じだしたのが嵐山さん。では、一番最高で最上の魚というのはなんだ。と考えたときに「釣り」という世界に思い当たった。だが、釣りなんてのは趣味の世界で、素人が「はい、よろしく」なんて入っていける訳がない。
 結構高価な釣り道具を揃える。釣ったあとの道具の水洗いとかクーラーの処理。その上、釣りを教えてくれる性格のいい人も必要だ。しかも自分よりは年下。行き帰りの足もお願いね。釣った魚は一緒に持ち帰ってね。

 

 海の釣りはこういう、もろもろの面倒くさいことがある。使った釣り道具を一週間もほったらかしにしておくと、竿のガイドは塩でガチガチ。高価なリールは動かなくなって使い物にならない。ともかくマメにやらないとならない。だから、そういうをことを度外視して、大切な休日には妻も子どももほったらかしにして釣りにいく。という「好きじゃなきゃできない」という悲壮感漂う世界でもあるのだ。
 ともかく作家の直感。そして「おやー? この世界には未知な面白い人間が集まっているなー。しかも、ちょっと世間離れしているヤツばっかりだ。首突っ込め」
 と、そういう意味でも釣りをやろうと決心したと、今となってはぼくは思っている。ぼくはまったく釣りというもの知らない嵐山さんに、新しい新鮮な世界を教えてしまった、という悔恨が少しあるのは事実だ。

 
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 だが、嵐山さんが鋭いのは、とびきり新鮮なしかも、むちゃくちゃうまい魚を手にできる沖釣りで、釣った魚を懇意の店に持ち込んで「これで刺身を作って」と注文する道を選ばなかったこと。
 釣魚は刺身ではなく開くという世界がある。ということを知ったからだ。それは嵐山さんが「つり丸」で連載を始める前に、「つり丸」の初代編集長の盛川宏から教わった。「嵐山さん、釣りをやりなはれ。釣った魚はなににも代えがたい。あとは自分で思うように料理したらよろし」と初対面ながら盛川は言った。
 そのときは「ふん、釣りなんか面倒なことはするか」と思って、嵐山さんは聞かなかった。ぼくは、その後「つり丸」の編集長になったが、ずっと魚の味のことを知っている嵐山さんに、ほんまもんの魚というものを知ってほしかったから、ずっと連載をお願いしていた末に、いまのようになった。
 釣りは釣りそのものを楽しむ人がいる。そして、沖釣りのように釣った魚を食べることを楽しみにして釣りをしている人も多い。ぼくは沖釣りの方が、釣りとしてはまともではないかと思っている。

 
 
樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。
 
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