【趣の庭】釣り三昧
2007.09.25
Vol.4釣の方がずっとエクスタシーを感じるよお化けよりももっと怖い話です
樋口 正博
 

 釣り人にはある一定の法則がある。限りなくエスカレートするのだ。これはだれにでも必ず起きる現象だ。
 最初のまったく初心者のときは、同行者(これは私のこと)は、簡単で釣りやすい釣りものから連れて行く。沖釣りではアジ、シロギス、カサゴなど。それで、釣りのなんたるかを知って、しかも魚が釣れるヨロコビを心にしっかりと刻みつけ、そしてさらに新鮮で飛び切り美味い魚を味わってもらって、釣りの「初心者様フルコース」が完成するわけである。


 
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手にしているのは、東京湾・走水の絶品アジ。嵐山さん初めての釣魚
 

 この「初心者様フルコース」は完璧でなければならない。雨が降ったり、出船時間ギリギリに到着したり、船頭の虫の居所が悪かったり、おかみさんがあまりにも威勢がよく仕切りまくったり、船が揺れて船酔いになったり、オシッコを我慢させられたり、そして肝心の釣果が不振だったり。そんなことがひとつでも起きたら、初心者様は二度と船に乗ろうなんて思わない。沖釣り専門誌の「つり丸」も売れない。
 今から思い起こすと、嵐山光三郎さんを船に乗せて初めての釣りに行ったのは、2005年3月のことだった。セオリー通りに東京湾・走水のアジ釣りである。

 

 じつは東京湾・走水のアジは釣り人だけが知っている絶品アジなのだ。「走水のアジを食ったら関アジなんかおかしくて食えない」というのは、まんざら誇張でも悔し紛れでもない。しかも、漁では捕獲されていないので、釣るしかない。つまり、釣り人しか味わえない別格のアジということになる。
 嵐山さんはアジの干物が大好きだと聞いた。じゃ、走水の絶品アジで驚かせてやろうともくろんだのだ。

 
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「どうだ!」船上で干したアジは美味いぞ、信じられんぞ
 

 ところが、釣れない。午前中はまったく、1匹も釣れない。早くも「初心者様フルコース」は肝心のところで破綻しかけている。よせばいいのに、嵐山さんは釣りにでかける前奥さんに「東京湾の絶品のアジを釣ってくる。晩飯は食わずに待っていろ」と吹いたという。どうして、そういうことを言うのかね。
 問い詰めると「だって、沖釣り専門誌の編集者であるタコの介(私のこと)が一緒なんだよ。釣れると思うでしょ」と言われて、「うっ…!」と私は絶句したのだ。
 で、当日の釣況だが、後半になってバタバタと釣れ始めて、あっという間に15匹を数えた。そして、私がご用意したシェフ(三野浩一という本物のホテルの料理長。もちろん釣りキチ)が、おもむろに船上でアジを開いて、ヒモにぶら下げて干し始める。船上干しという一番贅沢な干物づくりだ。

 
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沖揚がりのときには立派なアジの干物ができあがった
 

 この作業を嵐山さんは興味深く見ていたが、そのときやおら、近くにあったタモを持って振り回し始めた。カモメがアジの干物を狙って船の上を旋回したり、屋根に止まって狙っていたからだ。「アッチへ行けッ。俺の干物だぁ!」と目がつり上がっている。
 もう、釣りよりも食い気が完全に勝っている。こうして、嵐山さんは17枚の船上干ししたアジの干物と鮮魚のアジを全部、1匹も分けずに全部独り占めして持ち帰ったのだ。

 

 そして、翌日電話が来た。「うまいッ! 信じられん。いままで食べてきた高級店のアジの干物はなんだったんだ。ウマイ。ウマイ」とウマイを10回以上叫んだ。「身がふんわりとして香りがセクシーだぁ!」とも言った。
 こうして、嵐山さんの冥府魔道の沖釣り迷界へとまっしぐらに墜ちて行ったのだ。「初心者様フルコース」は見事、ばっちり決まった。
 だが、そのあとが大変だとはつゆ想像もできなかった。だれでもが必ずエスカレートするという「釣りの法則」をすっかり忘れていたのだ。

 
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樋口 正博 (ひぐち・まさひろ)
1952年、長野県生まれ。
沖釣り専門誌「つり丸」編集長。最近は釣りよりも魚料理に興味が傾いてしまった。毎月一回、嵐山光三郎さんと連載「釣って開いて」の取材に出かけるのが、おもな釣り取材となっている。
 


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