【緑の庭】牧野植物園便り

2010.3.15  

Makino Botanical Garden News


牧野博士、中国でのサクラ調査
ソメイヨシノを土佐に送る


夏井 操
■バイタリティー豊富、80歳の牧野博士

 「草木の精」、「植物の愛人」と自らを呼んだ牧野富太郎博士は、植物の中でも特にサクラに一方ならぬ思い入れがあったようです。
 「東京を桜で埋め、飛行機で見物したら、花の雲から国会議事堂が突き出るだろう」、また「熱海にカンザクラとヒカンザクラを植えて、花の名所にせよ」など、書かれたエッセイから、その思いが伝わります。
 さらに明治35年には郷里土佐にソメイヨシノがないからと、東京から苗木数十本を送り、その一部を現在牧野植物園がある五台山、また出身地である佐川町に送ったとの記録があります。


(50周年記念庭園-3月末のようす)

■中国へ行く

 博士は昭和16年5月、南満州鉄道株式会社(通称満鉄)からサクラの調査の要請を受け、中国に出かけています。博士は当時80歳。ちょうど半年前の11月、大分県犬ヶ嶽で調査中に崖からから転落、入院し、そのまま別府で3カ月療養するという大けがをしていました。満鉄からの要請を二つ返事で引き受けたそうですが、その気力、体力には目をみはるものがあります。
 東京大泉の自宅を5月1日に旅立ち、2日に神戸を出港、大連の港に到着したのは5日でした。到着した5日の日記には「大連病院へ行き注射を受く。大連北方の丘に登る。山の茶屋の上なり。採集す。晩に採集品を始末す」と早々と採集を始めています。
 またその後、何度も「注射を受く」と出てきますが、この時はチフスの予防注射のため、40度の熱があったそうです。

■吉林女子国民高等学校へ

 そんななかで、吉林省の東側に位置する老爺嶺(ろうやれい)や、湯崗子(とうこうし)温泉などで調査を行っています。また、北海道より移植したオオヤマザクラを見に吉林女子国民高等学校へ行ったり、案内を受けながら都市公園を見物したりと、限られた時間の中で忙しいスケジュールをこなしたようです。6月12日大連を離れるまでに採集した標本は約5,000枚。39日の滞在ですから一日128枚のペースです。


(センダイヤ)

 博士が中国で採集したサクラの標本は、牧野植物園の標本室にも収められていました。約70年前の博士の標本に、精力的に植物の調査を行った牧野博士を思い、そのバイタリティーに、感服しました。3月下旬には牧野植物園でも牧野博士が品種として命名したヤマザクラ“センダイヤ”や“ワカキノサクラ”が見ごろを迎えます。青空に映える花の雲が今から楽しみです。


(ヤマザクラのセンダイヤ)

▼インフォメーション

 企画展開催
「牧野植物園 研究活動展 −植物研究がもたらす豊かな暮らし」
開催期間/3月20日(土)〜9月5日(日)

4月24日 南園に新温室オープン!
新温室オープニング記念−「土佐・龍馬であい博」連携イベント
「誕生! 碧の宝石箱 −発見と感動、熱帯の旅へ」開催
開催期間/4月24日(土) 〜 6月27日(日)

詳しくは、ホームページをご覧ください。
高知県立牧野植物園

 牧野植物園は、高知県が生んだ植物学者・牧野富太郎博士の業績を顕彰する施設として、昭和33年(1958)に、高知市五台山に開園した施設です。平成11年11月には「牧野富太郎記念館」が開館しています。
 園内には博士を生む土壌となった高知県の植物を中心に、博士ゆかりの植物など約3,000種が四季を彩られています。
 また、植物園機能とあわせて、貴重な資料を紹介する展示、研究、生涯学習の場を提供する施設などを収めた博物館が同居する総合施設は、国内では他に例がないと思われます。さらに、景観に配慮した環境保全型建築の方向性を示す優れた建築物として全国的な評価を受け、第13回村野藤吾賞をはじめ数々の賞を受けています。

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