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増税論がなぜか、しかも姑息にも「福祉目的」という、もっともらしい仮面を被って急浮上してきている。だが、これは安直で愚策だと思う。
右肩上がりの時代はとっくに終わった
かって、毎年続いていた自然増収(増税策を採らなくとも税収が上がる)が、ぴたりと止まって歳入欠陥が生じた時、政府はそれに対応した、基本的政策を採らずに、安易に国債の発行で後年度負担を初め歳出増に応じた。
これは、大型の台風が襲来しているというのに、破れた屋根の穴をトタンでふさいで修理するというようなものである。この財政法4条の精神に背いた借金策は、国家財政を赤字で埋め続けるという結果となった。
日本は、右肩上がりの高度成長が終わり、歳入が伸び悩むという状態に入ったにもかかわらず、その際に思い切った歳出面の、つまり予算全体の見直しをせず、その穴を借金で埋めるという措置をとったのである。
大蔵省(当時)は、高度成長が続いていたころ、次年度の税収を見積もるときに、前年度の税収にある一定の係数をかけて毎年はじき出していた。この係数分がいわゆる自然増収である。歳入に余裕があったからである。こうした背景から、歳出、特に税収がそのまま歳出に繋がる色つきの予算、つまり特別会計が、ほとんどブレーキが効かずに膨らんでいった。
本来歳出と、歳入は拠って立つ理念が違うのだから、紐付の税金は作るべきではない。これは政策の悪弊を呼ぶ。
税金は本来無色であるべき
あくまでも税制は無色で作り、歳出は政策論として計られるべきである。だから、財務省には主税局と主計局が別個にあるではないか。この2つの局を素通りしてゆく紐付の目的税は作るべきではないし、いらない。
財政当局が、福祉に予算を大きく割り振るべきだと考えるなら、もう高度成長という経済の局面は終わっているのだから、一般会計と特別会計、それに地方財政計画というようなさらに予算を複雑化するものは、いったん大きく見直して、そのなかから捻出するのが基本である。真っ直ぐ道路財源に行ってしまうような揮発油税などの紐を取ってやり、完全に予算見直しをやった上で、増税策は論ずるべきと思う。
復興と増税論はなじまない
それに、増税の時期であるが、今は基本的に経済が弱まっているときである。さらに、東日本大震災、福島原発事故が起こって、国民は大きく疲弊している。そのような時期に、迅速な災害対応も実行せずに、復興と増税論をいっしょくたにして、あたかも優れた会計士でもあるかのような論を前面に出してくるのは姑息である。
被災地では、政府が速やかに手を差し伸べないがために、生活の前途に希望を持てず、老妻を殺して自らも死を選ぶといった悲惨な状況が起こっている。
にもかかわらずニタニタと笑って延命を図る政治家は論外だが、優れた官僚と政治家がいるなら、まず徹底的に被災地を救済し、放射能を出し続ける原発の収束を図る。そのためには率先して歳出面の対応をする。
財源策は二の次である。日本国民はいったい何のために、これまで汗を流して懸命に働き、経常黒字を積み上げてきたのか、経済大国というまでになったのか。そうして蓄積してきた国力は文句なく被災した国民に、遅滞なく与えられるべきでではないだろうか。
橋本内閣の時に消費税を3パーセントから5パーセントに引き上げたが、この時の税収総額は、計算通りには増えていない。つまり経済が弱っているときの増税実施は、机上の空論に終わりかねない。
かって、仁徳天皇は民の竈から煙が上がっていないのを見て、徴税をしばらくやめて、民の力の回復を待った。それのみか自らも贅を戒めた。現在も同じである。今は、為政者が贅を戒め、歳出の見直しを、まず本格的に図るべきときであろう。
それに震災復興は一時的なものである。それと恒久税制となる増税策はなじまない。
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